西村楠亭
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西村 楠亭(にしむら なんてい、宝暦5年(1755年)‐天保5年6月20日[1](1834年7月26日))は江戸時代後期の円山派の絵師。
- ^ 『万宝書画全書』(外題『書画必携 名家全書四』)嘉永5年(1852年)刊より。生年は没時80歳より逆算。大村西崖 『日本絵画史』のように没年齢を「60歳」としているものもあるが、早い文献ではみな80歳説を採っている(木村(2018)pp.92-93)。
- ^ 寛政度内裏造営に伴う障壁画制作への「願書」(芦庵文庫蔵)より(宮島新一 「画流の形成と継承―円山・四条派と原・岸派―」『日本屏風絵集成第八巻 花鳥画―花鳥 山水』 講談社、1978年5月20日。木村(2018)p.85)。
- ^ 佐藤大規 中川 満帆 「御調八幡宮の絵馬」『広島大学総合博物館研究報告』第9号、2017年12月25日、pp.103-119。
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