第二「牛石」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 14:28 UTC 版)
大同元年(806年)、法楽寺が現在の寺山観音寺の場所に移転する際、解体した観音堂の材料を運んでいた牛が、現在の寺山観音寺の場所で止まり全く動かなかったので、それを観音様の意向と考えた人々が、そこに観音堂を移築して現在の寺山観音寺になったという伝承がある。伝承では、この際、移築が終わってからも、牛はその地を全く動こうとしなかったので、観音様が、永遠に自分の傍に仕えられるように牛を石に変えたとされている。それが牛石であり、現在も寺山観音寺の近くに史跡として残されている。
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