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松竹
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/07 06:56 UTC 版)
(松竹映画 から転送)
東劇ビル。本社及び関連部署・子会社と上映館が入居
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| 種類 | 株式会社 | ||||||||||||
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| 市場情報 |
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| 本社所在地 | 〒104-8422 東京都中央区築地四丁目1番1号 |
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| 設立 | 1920年11月8日 (帝国活動写真株式会社) |
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| 業種 | 情報・通信業 | ||||||||||||
| 事業内容 | 映画事業、演劇、他 | ||||||||||||
| 代表者 | 迫本 淳一(代表取締役社長) | ||||||||||||
| 資本金 | 312億16百万円 | ||||||||||||
| 発行済株式総数 | 1億3365万5578株 | ||||||||||||
| 売上高 | 連結:932億円 単独:611億円 (2009年2月期) |
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| 営業利益 | 連結:34億円 単独:20億円 (2009年2月期) |
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| 純利益 | 連結:7億円 単独:4億円 (2009年2月期) |
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| 純資産 | 連結:575億円 単独:570億円 (2009年2月末日現在) |
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| 総資産 | 連結:1,560億円 単独:1,125億円 (2009年2月末日現在) |
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| 従業員数 | 連結:1,293人 単独:608人 (2009年12月末日現在) |
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| 決算期 | 2月末日 | ||||||||||||
| 主要株主 | (株)歌舞伎座 3.59% (株)みずほコーポレート銀行 3.37% (2010年3月17日現在) |
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| 主要子会社 | (株)衛星劇場 100% (株)松竹マルチプレックスシアターズ 80.0% |
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| 関係する人物 | 白井松次郎、大谷竹次郎、小山内薫、城戸四郎、永山武臣 | ||||||||||||
| 外部リンク | www.shochiku.co.jp/ | ||||||||||||
松竹株式会社(しょうちく、英: SHOCHIKU Co., Ltd.)は、日本の映画・演劇の制作・興行・配給を手掛ける会社。歌舞伎の興行については現在ほぼ独占的に手がけている。映画会社としては東宝・東映に並ぶ上場邦画3社の一角、かつての五社協定における大手5社の1つである。創業は1895年で、設立は1920年11月8日(帝国活動写真株式会社の設立日)である。
目次 |
概要
元来は演劇興行。現在は歌舞伎を主に新派、松竹新喜劇も手掛ける。かつては、文楽(人形浄瑠璃)や歌劇(SKD - 松竹歌劇団、OSK - 大阪松竹歌劇団)、演芸(浅草松竹演芸場、道頓堀角座、神戸松竹座等)から相撲興行やプロ野球(セ・リーグ加盟の松竹ロビンス)、ボウリング、アイススケートリンクの運営等幅広い活動を行い、一時は松竹交響楽団なる本格的なオーケストラまで所有していた。
1995年には創立100年事業の一貫として松竹大船撮影所の敷地内に「鎌倉シネマワールド」なるテーマパークを開業させたが、不入りでわずか3年で閉鎖に至った。
メディア対策として、東宝や大映(現:角川書店)等と共にフジテレビジョン(フジテレビ)の会社設立に参加(1959年開局)。なお、現在はフジテレビ旧会社法人の後身に当たるフジ・メディア・ホールディングス株式の殆どを放出している反面、松竹大株主の10位以内に東京放送ホールディングス(TBSHD)の名が連なるなど放送局との関係に変化が見られる(両者とも認定放送持株会社である)。
一方では通信衛星を利用した自社製作の番組(映画、テレビドラマ、劇場中継等)を中心に流す「衛星劇場」「歌舞伎チャンネル」等を立ち上げ、現在に至る。
2005年、創業110年を記念した女優発掘オーディション松竹STAR GATEを歌舞伎座で開催。
かつては松竹で社員監督には助監督時代から脚本が書けなければなれないと言われており、他社の作品と比較し、監督が脚本を兼務する作品が非常に多かったのが特徴であった。
歴史
- 1895年 大谷竹次郎が京都阪井座を買収し、その興行主となる(松竹ではこれを創業起源としている)。
- 1902年 大谷竹次郎が兄・白井松次郎と共に、松竹(まつたけ)合名会社を設立する。
- 1920年2月 松竹キネマ合名会社を設立。映画製作を開始。
- 1920年11月 帝国活動写真株式会社を設立する。
- 1921年 帝国活動写真株式会社を松竹キネマ株式会社と改称し、同時に松竹キネマ合名会社を合併する。
- 1923年5月17日 大阪松竹座開場。
- 1925年 現在の丸の内ピカデリーの前身となる『邦楽座』を開場。
- 1930年3月 東京劇場開場。
- 1931年 日本で初めての本格的トーキー『マダムと女房』を上映する。
- 1937年 松竹キネマと松竹興行を統合し、松竹(しょうちく)株式会社を設立する。
- 1949年 東京証券取引所、大阪証券取引所、名古屋証券取引所、福岡証券取引所上場。
- 1950年 札幌証券取引所上場。
- 1951年 日本初のカラー劇映画『カルメン故郷に帰る』を上映する。
- 1956年9月15日 東京都中央区築地に本社ビルとなる松竹会館完成。映画館『松竹セントラル』開業。
- 1984年10月6日 有楽町マリオン9階に丸の内ピカデリーが2館体制となって移転オープン。
- 1987年10月3日 有楽町マリオン新館5階に丸の内松竹(現:丸の内ピカデリー3)がオープン。
- 1993年 CS放送局の衛星劇場を開局。
- 1995年 鎌倉シネマワールドを開業。
- 1997年 松竹マルチプレックスシアターズによるシネマコンプレックス「MOVIX」展開開始。当時専務の職についていた奥山和由によりシネマジャパネスクプロジェクトが開始。衛星劇場のチャンネル名が同名称に変更される。
- 1998年1月 奥山融社長と奥山和由専務が取締役会で解任され、松竹から追放となる。シネマジャパネスクプロジェクトが終焉。10月1日に衛星劇場に名称が戻る。12月15日 鎌倉シネマワールドを閉鎖。
- 1999年 松竹会館の閉鎖・解体に伴い、本社機能を東劇ビル内に移転する。
邦画興行におけるブロック・ブッキング体制を廃止、洋画を含めたフリー・ブッキング興行に移行する。 - 2000年6月 大船撮影所を閉鎖し敷地を鎌倉女子大学に売却。傍系会社としての京都撮影所は残存するものの、製作開始後78年目にして直営の製作機能を停止した。また、大手5社で唯一首都圏に撮影所を持たない会社となった。
- 2008年 名古屋証券取引所上場廃止。
- 2009年 配給と共同製作を手がけた邦画『おくりびと』が米国アカデミー賞外国語映画賞を受賞。外国語映画賞が独立した部門になり、ノミネート方式になってから日本映画で受賞したのは初めて。
- 2011年 直営の映画興行部門をシネマコンプレックス運営子会社の松竹マルチプレックスシアターズに譲渡。
- 2011年 3月 京都撮影所を「株式会社松竹撮影所」と改称。大船撮影所の閉鎖以降東京本社に設立されたセクションである「新撮影所準備室」を統合する。