松本駝堂とは? わかりやすく解説

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松本駝堂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/02/03 06:16 UTC 版)

松本 駝堂(まつもと だどう、延宝元年(1673年) - 寛延4年1月15日1751年2月10日[3]は、江戸時代中期の外科医本草学[3]。駝堂は字[1]。本姓は佐々木[1]。名は元活[3]。号は松本六郎次郎賓秋[1]。松本駄堂[2]ともされる。 第8代徳川吉宗の治める享保年間、当時の医薬不足[4]の解消、薬効研究のため、江戸幕府の命のもとで医薬となる植物を求めて諸国を巡り、薬草を調査・採取した。熊野では天然の和人参を採取した[4][5]。 次男は禅僧画家篆刻家悟心元明[1][6]


  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 櫻井祐吉(著)『安南貿易家角屋七郎兵衛 : 附・松本一族』P49
  2. ^ a b c 山村通庵、松本駄堂(松本駝堂)|国際日本文化研究センター(2014年8月8日閲覧。)
  3. ^ a b c 松本駝堂|デジタル版 日本人名大辞典+Plus(2014年8月8日閲覧。)
  4. ^ a b c d e f g 櫻井祐吉(著)『安南貿易家角屋七郎兵衛 : 附・松本一族』P52
  5. ^ 大西源一『三重県郷土史』1939年5月5日、P322
  6. ^ 大西源一『三重県郷土史』1939年5月5日、P324
  7. ^ 角屋七郎次郎|朝日日本歴史人物事典
  8. ^ 角屋七郎次郎(2代)デジタル版 日本人名大辞典+Plus
  9. ^ 伊勢国比佐古文庫旧蔵文書|国文学研究資料館
  10. ^ 大西源一(著)『松阪の歴史』p55
  11. ^ a b 大西源一(著)『松阪の歴史』p56
  12. ^ 櫻井祐吉(著)『安南貿易家角屋七郎兵衛 : 附・松本一族』P53
  13. ^ 櫻井祐吉(著)『安南貿易家角屋七郎兵衛 : 附・松本一族』P65
  14. ^ 櫻井祐吉(著)『安南貿易家角屋七郎兵衛 : 附・松本一族』P80
  15. ^ 櫻井祐吉(著)『安南貿易家角屋七郎兵衛 : 附・松本一族』P60
  16. ^ 櫻井祐吉(著)『安南貿易家角屋七郎兵衛 : 附・松本一族』P13
  17. ^ 櫻井祐吉(著)『安南貿易家角屋七郎兵衛 : 附・松本一族』P19
  18. ^ 角屋家貿易関係資料|国指定文化財等データベース |weblio(2014年8月8日閲覧。)
  19. ^ 1-5 角屋七郎兵衛等供養碑並びに松本駝堂墓(来迎寺)|松阪市の指定文化財|松阪市(2014年8月8日閲覧。)
  20. ^ a b 本草学者の活躍|松阪の歴史(2014年8月8日閲覧。)


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