本山茂宗
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/11 14:16 UTC 版)
本山 茂宗(もとやま しげむね)は、戦国時代の大名。土佐七雄と称された本山氏当主。
- ^ 茂宗は吉良駿河守の不意を襲ったという。
- ^ ただし土佐一条家の仲介を得て長宗我部氏と縁組している。また、長宗我部国親の出家を茂宗の死を悼んだものとする説もある(朝倉慶景「戦国末期の国人本山茂辰とその家族たち」(初出:『土佐史談』232号(2006年)/所収:平井上総 編『シリーズ・織豊大名の研究 第一巻 長宗我部元親』(戎光祥出版、2014年) ISBN 978-4-86403-125-7))。
- ^ 茂宗の死は本山氏の家運に決定的な打撃を与え、長宗我部氏との均衡が崩れる要因を成した。
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