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地名辞典

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光市

読み方:ヒカリシ(hikarishi)

所在 山口県

地名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。


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光市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/18 10:34 UTC 版)

ひかりし
光市
Flag of New Hikari Yamaguchi.JPG
光市旗
Hikari Yamagichi chapter.JPG
光市章
日本の旗 日本
地方 中国地方
山陽地方山陰地方
中国・四国地方
都道府県 山口県
団体コード 35210-1
面積 91.94km²
総人口 52,701
推計人口、2011年12月1日)
人口密度 573人/km²
隣接自治体 下松市周南市柳井市
岩国市熊毛郡田布施町
市の木 クロマツ
市の花 ウメ
光市役所
所在地 〒743-8501
山口県光市中央六丁目1番1号
Hikari city office.JPG
外部リンク 光市公式サイト

光市位置図(山口県)

― 市 / ― 町
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

光市(ひかりし)は、山口県の東南部に位置する。初代内閣総理大臣伊藤博文の出身地である。日本で唯一「おっぱい都市宣言」(健康増進課・子育て支援)をしている。

目次

地理

  • 市中心部は島田川沖積平野上にあり、その両端は県内屈指の海水浴場である室積海岸、虹ヶ浜海岸が広がり、瀬戸内海国立公園の一角をなしている。
  • また市北部から東部一帯の丘陵地にかけては石城山県立自然公園となっている。
  • 島田川流域に沖積平野が、室積・光井地区と浅江地区には海岸平野が展開しているもののいずれもその面積は狭小で丘陵が海岸に近接している。
  • 島田川右岸には小規模ながら洪積台地が形成されており、高地性集落の遺跡も出土している。
  • 室積地区には陸繋島砂嘴が組み合わさった地形が見られ、「象鼻ヶ岬(ぞうびがさき)」と呼ばれている。

隣接する自治体

人口

Demography35210.svg
光市と全国の年齢別人口分布(2005年) 光市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 光市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
光市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 52,898人
1975年 56,795人
1980年 57,905人
1985年 58,228人
1990年 56,410人
1995年 55,408人
2000年 54,680人
2005年 53,971人
2010年 52,995人
総務省統計局 / 国勢調査

歴史

概略

前史

島田川右岸には高地性集落の跡もみられることから遅くとも弥生後期には何らかの社会的生活が営まれていたことがうかがえる。市北西部は小周防の地名が残り、旧周防国の周防はもともとこのあたりを指したという説もある。

江戸時代~明治

江戸時代、毛利藩は領内に支藩宰判を配置したが、室積には熊毛宰判が置かれた。この地は北前船の西回り航路の寄港地となっていたこともあって商港として大いに栄えた。このため、後に山陽本線の前身である山陽鉄道の鉄道敷設計画では、当初室積村を経由して、現在の国道188号線に沿ったルートとなる予定であった。しかし、室積村の住民が「汽笛で魚が逃げる」「宿場が寂れる」などとして強硬に反対したため、難工事の続く島田駅岩田駅田布施駅を経由するルートに変更を余儀なくされた(鉄道忌避伝説)。

また、幕末には室積村の普賢寺に第二奇兵隊屯所が置かれ、後に石城山山頂に移った。

戦前期

戦前は島田川の河口部から光井川にかけての海岸を埋め立て、光海軍工廠が置かれた。現在の国道188号線が正門町から室積にかけて直線になっているのは、海軍工廠の滑走路を兼用する予定であったためといわれている。終戦前日の昭和20年8月14日に海軍工廠B29爆撃機による空襲を受け大打撃を蒙った。 山口県徳山市(現・周南市)には、日本海軍の第3海軍燃料廠が設置されていた(これが、今の周南石油化学コンビナートの源である)。広島県呉市の軍港から出港した日本連合艦隊は、この徳山で燃料を補給して、外洋へ出征していた。このため、山口県徳山市下松市、光市沖の海域は、日本連合艦隊の集結地であった。山口県周南地域に住む高齢者の多くが、第二次世界大戦中に日本連合艦隊が集結した威容を見たと、後世の世代に伝えている。 吉村昭著「戦艦武蔵」には、次のような文章が記載されている。 「六月十八日、第二号艦は、造船所員、艤装員合計三千二百名を乗せて午前七時に呉軍港を出発した。艦は四国伊予沖で公試運転を実施、基準速力、最大速力の三段階に分けて海面を疾走し、午後七時三十分、山口県港に入港した。それから約二十日間近く、港を根拠地に、投揚錨テスト、全力後進テスト、操舵テスト、飛行機射出テスト、巡航テストを続け、六月二十六日には光港を後にして呉へ向かった。」

戦後

戦後海軍工廠跡地は、しばらく一部が国鉄用地として利用されるほかは未利用地となっていたが、その後八幡製鐵武田薬品工業などの工場を誘致し工業地帯に変わった。これにより当地は瀬戸内工業地域の一角である周南工業整備特別地域を形成することになった。

こうして周南地区として一体的に発展を始めると「周南合併」の機運が高まりはじめた。また、県も光市のほかに徳山市新南陽市下松市都濃郡鹿野町熊毛郡熊毛町大和町田布施町の4市4町を「周南広域圏」に指定し、合併機運の高揚を待った。こうした背景から平成の大合併よりはるか以前から周南都市合併調査研究会が設置されていたが、1997年(平成9年)の「周南合併推進協議会」発足時に光市、大和町、田布施町が離脱、また2002年(平成14年)には合併の期日等を巡り下松市が離脱し、残る2市2町による周南市が誕生する一方で、光市と大和町は1市1町で合併することとなった。なお、田布施町は柳井市などとの合併を模索するも合併の組み合わせを巡り協議が物別れに終わり、単独町制を継続している。

沿革

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、熊毛郡浅江村、島田村、周防村、三井村、光井村、室積村、岩田村、三輪村、塩田村、束荷村を設置
  • 1906年(明治39年)1月1日 - 室積村が町制施行し、室積町が発足。
  • 1939年(昭和14年)4月1日 - 浅江村、三井村、島田村、光井村が合併の上で町制施行し、周南町が発足。
  • 1940年(昭和15年)10月1日 - 周南町を光町に改称。
    (当時の海軍のような一文字の地名を希望していたといわれており、周南町に置かれた海軍工廠を「光海軍工廠」と命名した)
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 光町と室積町が合併の上で市制施行し、光市(初代)が発足。
  • 1943年(昭和18年)11月3日 - 岩田村、三輪村、塩田村、束荷村が合併し、大和村が発足。
    (村名は一般公募により決定)
  • 1955年(昭和30年)7月1日 - 光市と周防村が合併し、光市(2代)が発足。
  • 1957年(昭和32年)4月10日 - 大字立野の一部を分離し大和村へ編入。
  • 1971年(昭和46年)1月15日 - 大和村が町制施行し、大和町が発足。
  • 2004年(平成16年)10月4日 - 光市と大和町が合併して光市(3代)が発足。

行政

市役所

  • 市長 市川熙(いちかわ・ひろし、2008年11月14日就任 1期)
    • 副市長 津村秀雄(つむら・ひでお)
    • 教育長 能美龍文(のうみ・たつふみ)
    • 水道事業管理者(水道局長) 福島 正(ふくしま・ただし)
    • 病院事業管理者(病院局長) 守田信義(もりた・のぶよし)

市議会

  • 議長 中本和行(なかもと・かずゆき)
    • 副議長 松本修二(まつもと・しゅうじ)
    • 議会運営委員長 西村憲治(にしむら・のりはる)
      • 総務文教委員長 木村信秀(きむら・のぶひで)
      • 市民福祉委員長 加賀美允彦(かがみ・みつひこ)
      • 環境経済委員長 森戸芳史(もりと・よしふみ)
会派名 議席数 議員名=◎印は代表者、○印は幹事長
為光会 5 ◎磯部登志恵、○笹井琢、加賀美允彦、加藤正道、木村則夫
こう志会 4 ◎森重定昌、○中村賢道、縄重進、林節子
希望のたね 3 ◎西村憲治、○森戸芳史、笠井弥太郎
市民クラブ 2 ◎阿部克己、○木村信秀
日本共産党 2 ◎土橋啓義、○四浦順一郎
和光クラブ 2 ◎熊野庄悟、○大楽俊明
無所属 4 中本和行(議長)、松本修二(副議長)、大田敏司、森重明美(公明党

※正副議長は慣例で会派を離脱している。 ※会派は2議員以上で結成できる。

歴代市長

2004年合併による新市発足後
  • 第1代 末岡泰義(すえおか・やすよし)
    • 元市職員(秘書係長、商工労政係長、ソフトパーク担当課長)、元松岡満寿男衆議院議員秘書。
  • 第2代 市川熙(いちかわ・ひろし)
    • 市議4期、前市議会議長、まるみ綿業代表取締役、ボーイスカウト山口県連盟理事長。

光市選出県議会議員

警察・消防

一部事務組合第三セクター

  • 周南地区衛生施設組合(可燃ごみ)
  • 周南東部環境施設組合(不燃ごみ)
  • 光地域広域水道企業団(当初の給水計画がとん挫し企業団による給水事業は行っていない。企業団が岩国市周東町に建設した中山川ダムの起債償還と島田川の堰の管理だけを業務にしている)
  • 周南地区食肉センター組合(屠畜場
  • Kビジョン第三セクター





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