輪王寺とは?

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三省堂 大辞林

三省堂三省堂

りんのうじ りんわう― 【輪王寺】

(1)栃木県日光市にある天台宗の寺。山号日光山766年勝道開創した四本竜寺に始まるという。一時衰微したが、慶長年間(1596-1615)天海再興1616年徳川家康遺骨を移葬し、霊廟(れいびよう)東照宮造営55年輪王寺と号す明治神仏分離令により東照宮とは分かれた。

(2)東京都台東区上野公園にある天台宗の寺。もと東叡山寛永寺本坊門跡寺院


国指定文化財等データベース

文化庁文化庁

輪王寺

名称: 輪王寺
ふりがな りんのうじ
名称(棟): 本堂(三仏堂
名称(ふりがな): ほんどう(みふつどう)
番号 1077
種別1: 近世以前寺院
国宝重文区分 重要文化財
指定年月日 1917.04.05(大正6.04.05)
員数(数): 1
員数(単位):
代表都道府県 栃木県
都道府県 栃木県日光市山内
所有者名: 輪王寺
指定基準
管理団体名:
管理団体住所
管理団体指定年月日
構造形式 桁行七間、梁間四間一重もこし付、入母屋造瓦葺
時代区分 江戸前
年代 正保4(1647)
解説文:

輪王寺

名称: 輪王寺
ふりがな りんのうじ
名称(棟): 護法天堂
名称(ふりがな): ごほうてんどう
番号 1887
種別1: 近世以前寺院
国宝重文区分 重要文化財
指定年月日 1973.06.02(昭和48.06.02)
員数(数): 1
員数(単位):
代表都道府県 栃木県
都道府県 栃木県日光市山内
所有者名: 輪王寺
指定基準
管理団体名:
管理団体住所
管理団体指定年月日
構造形式 桁行五間、梁間三間一重寄棟造向拝一間背面張出し附属瓦葺
時代区分 江戸前
年代 元和
解説文: 護法天堂は三仏堂の北側に建つ簡素建物で、輪王寺山内では最も古く、貭が良い観音堂三重塔二荒山神社別宮本宮神社の北側にある。
観音堂は方三間の堂で整った意匠になり、輪王寺の前身四本竜寺の由緒伝え唯一の遺構。 三重塔正統的な手法になる型どおりの塔で、木割細めであるが、安定感がある。 竜光院前面玄関背面台所付設した客殿である。きわめて簡素意匠になるが、東日本に数少い客殿遺構として重要である。
重要文化財のほかの用語一覧
近世以前(寺院):  護徳寺観音堂  財賀寺  輪王寺  輪王寺  退蔵院本堂  遍照寺多宝塔  遍照院三重塔


寺院名辞典

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輪王寺

読み方:リンノウジ(rinnouji)

宗派 曹洞宗

所在 宮城県仙台市青葉区

本尊 三尊仏


輪王寺

読み方:リンノウジ(rinnouji)

別名 門跡寺院

宗派 天台宗

所在 栃木県日光市

本尊 薬師如来


輪王寺

読み方:リンノウジ(rinnouji)

別名 門跡寺院

宗派 天台宗

所在 東京都台東区

本尊 阿弥陀如来

寺院名辞典では1989年7月時点の情報を掲載しています。


ウィキペディア

ウィキペディアウィキペディア

輪王寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/23 11:20 UTC 版)

輪王寺
Rinnoji sanbutsudo.jpg
三仏堂(重要文化財)
所在地 栃木県日光市山内2300
位置 北緯36度45分18.48秒
東経139度36分1.62秒
山号 日光山
宗派 天台宗
本尊 阿弥陀如来千手観音馬頭観音
創建年 天平神護2年(766年
開基 勝道
札所等 下野七福神(毘沙門天
文化財 大猷院霊廟本殿・相の間・拝殿、大般涅槃経集解59巻(国宝)
三仏堂、紙本著色東照権現像8幅、木造千手観音立像ほか(重要文化財)
世界遺産
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輪王寺 四本龍寺
輪王寺 大猷院廟
輪王寺 慈眼堂
神橋
輪王寺 慈眼堂 天海墓

輪王寺(りんのうじ)は、栃木県日光市にある寺院で、天台宗門跡寺院である。

創建は奈良時代にさかのぼり、近世には徳川家の庇護を受けて繁栄を極めた。明治初年の神仏分離令によって寺院と神社が分離されてからは、東照宮二荒山神社とあわせて「二社一寺」と称されているが、近世まではこれらを総称して「日光山」と呼ばれていた。

「輪王寺」は日光山中にある寺院群の総称でもあり、堂塔は、広範囲に散在している。国宝重要文化財など多数の文化財を所有し、徳川家光をまつった大猷院霊廟や本堂である三仏堂などの古建築も多い。境内は、東照宮、二荒山神社の境内とともに「日光山内」として国の史跡に指定され、「日光の社寺」として世界遺産に登録されている。

目次

歴史

日光山内の社寺は、東照宮二荒山神社、輪王寺に分かれ、これらを総称して「二社一寺」と呼ばれている。東照宮は徳川家康を「東照大権現」という「神」として祀る神社である。一方、二荒山神社と輪王寺は奈良時代に山岳信仰の社寺として創建されたもので、東照宮よりはるかに長い歴史をもっている。ただし、「二社一寺」がこのように明確に分離するのは明治初年の神仏分離令以後のことであり、近世以前には、山内の仏堂、神社、霊廟等をすべて含めて「日光山」あるいは「日光三所権現」と称し、神仏習合の信仰が行われていた。現在、輪王寺に属する建物が1箇所にまとまっておらず、日光山内の各所に点在しているのは、このような事情による。「経蔵」「薬師堂(本地堂)」など、一部の建物については21世紀の現在も東照宮と輪王寺のいずれに帰属する建物であるか決着を見ていない。

輪王寺は、下野国出身の奈良時代の僧・勝道上人により開創されたと伝承されているが、当時の歴史書にそのような記録は見られない。下野国には当時、東国一の寺院と言われた下野薬師寺があり、早くから仏教文化の栄えた土地であったこと、また平安時代初期には当時の日本の中央政府が下野国二荒神延喜式神名帳に拠ると下野国河内郡に座す)の国家への多大な貢献に報いていたことは六国史より容易に推察できるが、日光や勝道の文字は一切見られない。輪王寺の寺伝によれば、当寺の開創の様子は以下のとおりである。

天平神護2年(766年)、勝道と弟子の一行は、霊山である日光山の麓にたどりついたが、大谷川(だいやがわ)の激流が彼らの行く手をはばみ、向こう岸へ渡ることができずに困っていた。そこへ、首から髑髏(どくろ)を下げた、異様な姿の神が現われ「我は深沙大王(じんじゃだいおう)である」と名乗った。深沙大王は2匹の大蛇を出現させると、それらの蛇はこちら岸と向こう岸を結ぶ橋となり、勝道ら一行は無事対岸へ渡ることができたという。現在、日光観光のシンボルでもある「神橋」(しんきょう)は「山菅蛇橋」(やますげのじゃばし)とも呼ばれ、その伝承の場所に架かっている。深沙大王は「深沙大将」とも呼ばれ、玄奘三蔵が仏法を求めて天竺(インド)を旅した際に危機を救った神であるとされ、神橋の北岸には今も深沙大王の祠が建っている。「2匹の大蛇」の話は実話ではなく伝説であるが、この伝説が日光山が古くから山岳信仰の聖地であったこと、日光山が近付きがたい場所であったことを投影しているものと推察される。

勝道は、大谷川の対岸に聖地を見付け、千手観音を安置する一寺を建てた。紫の雲たなびく土地であったので、「紫雲立寺」(しうんりゅうじ)と言ったが、後に「四本龍寺」(しほんりゅうじ)と改めたという。現在の輪王寺の本堂(三仏堂)は、大谷川からかなり離れた土地にあるが、「四本龍寺」の旧地にも観音堂など、若干の堂塔が建っている。翌神護景雲元年(767年)、勝道は四本龍寺に隣接する土地に男体山(二荒山)の神を祀った。二荒山神社の始まりである。現在、「本宮神社」と呼ばれている社地がこれに当たる。なお、勝道がこの神を祀ったのは、延暦9年(790年)だとする説もある。

天応2年(782年)、勝道は日光の神体山である男体山(2,486メートル)の登頂に成功した。観音菩薩の住処とされる補陀洛山(ふだらくさん)に因んでこの山を二荒山(ふたらさん)と名付け、後に「二荒」を音読みして「ニコウ=日光」と呼ばれるようになり、これが「日光」の地名の起こりであるという。男体山の山頂遺跡からは、奈良時代にさかのぼる仏具など各種資料が出土しており、奈良時代から山岳信仰の聖地であったことは確かである。

延暦3年(784年)、勝道は、四本龍寺西方の男体山麓にある湖(中禅寺湖)のほとりに中禅寺を建立した。これは、冬季の男体山遥拝所として造られたものと言われている。「立木観音」の通称で知られる中禅寺は現存しているが、当初は湖の北岸にあった堂宇が明治時代の山津波で押し流されたため、現在は湖の東岸に移転している。

創建以後、平安時代には真言宗宗祖の空海天台宗の高僧・円仁(慈覚大師)らの来山が伝えられる。円仁は嘉祥元年(848年)来山し、三仏堂、常行堂、法華堂を創建したとされ、この頃から輪王寺は天台宗寺院としての歩みを始める(現存するこれらの堂は、いずれも近世の再建)。「常行堂」「法華堂」という同形同大の堂を2つ並べる形式は天台宗特有のもので、延暦寺寛永寺にも同名の堂が建てられた。

鎌倉時代の日光山は幕府や関東地方の有力豪族の支援を受け隆盛した。男体山、女峰山、太郎山の三山の神を「日光三所権現」として祀る信仰はこの頃に定着したようである。三山、三所権現、祭神(垂迹神)、三仏(本地仏)の対応関係は次のとおりである。

  • 男体山(2,486メートル)=新宮権現=大己貴命(おおなむちのみこと)=千手観音
  • 女峰山(2,464メートル)=滝尾(たきのお)権現=田心姫命(たごりひめのみこと)=阿弥陀如来
  • 太郎山(2,386メートル)=本宮権現=味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)=馬頭観音

以上のように日光山では山、神、仏が一体のものとして信仰されていたのであり、輪王寺本堂(三仏堂)に3体の本尊(千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音)を安置するのは、このような信仰形態によるものである。

輪王寺は天正18年(1590年)、豊臣秀吉小田原攻めの際、北条氏側に加担したかどで寺領を没収され、一時衰退した。しかし、近世に入って、天台宗の高僧・天海が貫主(住職)となってから復興が進んだ。元和3年(1617年)には徳川家康の霊を神として祀る東照宮が設けられた(現存の東照宮社殿はこの時のものではなく、20年ほど後に建て替えられたもの)。承応2年(1653年)には3代将軍徳川家光の霊廟である大猷院(たいゆういん)霊廟が設けられた。東照宮と異なり仏寺式の建築群である大猷院霊廟は近代以降、輪王寺の所有となっている。その翌年の明暦元年(1655年)には後水尾上皇の院宣により「輪王寺」の寺号が下賜され(それまでの寺号は平安時代の嵯峨天皇から下賜された「満願寺」であった)、後水尾天皇の第3皇子・守澄法親王が入寺した。以後、輪王寺の住持は法親王(親王宣下を受けた皇族男子で出家したもの)が務めることとなり、関東に常時在住の皇族として「輪王寺門跡」あるいは「輪王寺宮」と称された。親子による世襲ではないが宮家として認識されていた。寛永寺門跡と天台座主を兼務したため「三山管領宮」とも言う。のちに還俗して北白川宮能久親王となる公現法親王も、輪王寺門跡の出身である。輪王寺宮は輪王寺と江戸上野の輪王寺及び寛永寺(徳川将軍家の菩提寺)の住持を兼ね、比叡山、日光、上野のすべてを管轄して強大な権威をもっていた。東国皇族を常駐させることで、西国天皇家を戴いて倒幕勢力が決起した際には、関東では輪王寺宮を「天皇」として擁立し、徳川家を一方的な「朝敵」とさせない為の安全装置だったという説もある(「奥羽越列藩同盟」、「北白川宮能久親王(東武皇帝)」参照)。

だが、戊辰戦争の後に明治政府によって輪王寺の称号を没収されて、(明治2年(1869年))旧称の「満願寺」に戻される。さらに、追い討ちをかけるように輪王寺宮本坊が焼失した。だが、明治15年(1883年)に栃木県のとりなしによって輪王寺を正式の寺号とすることが許されたのである。

境内

輪王寺の堂塔は1か所にまとまっておらず、日光山内の各所に点在している。東照宮の南方の境内には本堂の三仏堂や寺務所があり、ここには本坊表門、護法天堂、相輪橖(そうりんとう)などがある。二荒山神社西側には大猷院霊廟の建築群があり、その南側には常行堂と法華堂、そこから長い石段を上った先には中興の祖・天海を祀る慈眼堂がある。勝道を祀る開山堂は東照宮北方、滝尾神社への参道の途中にある。このほか、神橋近くの二荒山神社本宮に隣接した四本龍寺の旧地には、観音堂と三重塔があり、少し離れて児玉堂がある。中禅寺湖畔の中禅寺(立木観音)も輪王寺に所属している。




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