佐竹義種 (西家)とは? わかりやすく解説

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佐竹義種 (西家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/15 03:29 UTC 版)

佐竹 義種(さたけ よしたね、宝暦11年10月16日1761年11月12日[1] - 文化13年閏8月6日1816年9月27日[2])は、佐竹氏一門の佐竹西家14代当主。久保田藩大館第8代所預。

父は西家佐竹義休。母は石塚義陳の娘。正室は今宮義栄の娘。子は佐竹義幹。幼名は元千代。通称は隆元千代、長菊、石見、近江。初名は義邑。

経歴

宝暦11年(1761年)大館城代佐竹義休の子として生まれる。寛政元年(1789年)父の隠居により家督相続し、大館城代となる。知行高は7500石。寛政5年(1793年)、藩主佐竹義和の命で大館に郷校博文書院を設立する。家政不行き届きにより隠居を命じられる。文化13年(1816年)死去。享年56。

脚注

  1. ^ 『大館市史』第5巻(大館市教育委員会、1990年)p.80
  2. ^ 『新編佐竹氏系図』(加賀谷書店、1973年)p.166



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