ロジャー・ダルトリー
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ロジャー・ダルトリー(Roger Daltrey、CBE、1944年3月1日 - )は、イングランドのロック・ミュージシャン、俳優。ロック・バンドのザ・フーのリード・ボーカリストとして最も有名である。俳優としても積極的に活動し、数多くの映画や演劇、テレビドラマに出演した。
注釈
- ^ タウンゼントは後年、「ロジャーは良いギタリスト("a decent guitar player")だった」と回想している。
- ^ サンダムが去った後、ムーンが加入するまでの間、臨時に雇われたドラマーが交代を繰り返した
- ^ 後にキング・クリムゾンでボーカリスト兼ベーシストを務めたあと、ボズ・バレルの名前でバッド・カンパニーのオリジナル・ベーシストとして活動した。
- ^ 当時のムーディー・ブルースは、プログレッシブ・ロック・バンドになる前のR&Bバンドだった。エントウィッスルはオリジナル・ベーシストのクリント・ワーウィックの後任になることを検討していた。
- ^ フェイスはセイヤーが録音をする場所を探してダルトリーに相談した。ダルトリーはセイヤーのユニークな才能を知って、彼に自分が歌うから曲を書いてみないかと誘った。
- ^ ジャケットの写真は彼の従兄弟に当たる写真家のグラハム・ヒューズが撮影した。
- ^ 収録曲'Hearts Right'のミュージック・ビデオは、のちにピンク・フロイドとの共同作業で有名になるイラストレーターのGerald Scarfeが制作した。
- ^ 収録曲'Say It Ain't So, Joe'のプロモーション・ビデオの撮影には、エントウィッスル、ジミー・マカロックと、アルバム制作には参加していないムーンが協力した。
- ^ ダルトリーは自伝に「自分はケニーが酷いドラマーだ、とは一度たりとも言ったことはない。キースが(もしフェイセズに加入したら)フェイセズにとって酷いドラマーになったに違いないのと同じように、ケニーはザ・フーにとって酷いドラマーだ、と言ったのだ」と記している。
- ^ 彼は2014年に、ジョーンズがProstate Cancer UKの為に自分が所有するハートウッド・パーク・ポロ・クラブで開いたチャリティー公演に、タウンゼントと共に参加した。彼等がジョーンズと共演したのは、ザ・フーが英国レコード産業協会の特別功労賞を受賞した時に一時的に再結成した1988年2月8日以来だった。
- ^ イングランドのシンガー・ソングライターのビリー・ニコルスの作品である。ニコルスはタウンゼンドと同様にインドの導師メヘル・バーバーの信奉者で、タウンゼントも参加したアルバム『ウィズ・ラヴ』(1976年)に「ウィザウト・ユア・ラヴ」を提供した。このサウンドトラックの全10曲の収録曲のうち、4曲はニコルスの単独作もしくは共作である。彼はタウンゼンドの様々なソロ活動に参加したほか、ザ・フーの結成25周年記念ツアー(1989年)と『四重人格』ツアー(1996年-1997年)にコーラスと音楽監督を務めた。2023年も、ザ・フーのツアーリング・バンドのメンバーとして活動。
- ^ ブライアン・フェリー作の'Going Strong'や、ユーリズミクスの'Somebody Told Me'を含む。因みにフェリー自身は'Going Strong'を発表していない。
- ^ タウンゼントは、ライブ・アルバム『ディープ・エンド・ライブ』(1986年)で、この曲を取り上げた。
- ^ 全11曲の収録曲のうち7曲を共作した。
- ^ アルバム『チャイニーズ・アイズ』(1982年)に収録された'The Sea Refuses No River'である。
- ^ アルバム『イッツ・ハード』(1982年)の発表に伴ったフェアウェル・ツアーでは、'It's Hard'と'Eminence Front'でリズム・ギターを演奏した。
- ^ ザ・フーの2ndシングル。
- ^ ザ・フーの2ndアルバム『ア・クイック・ワン』収録曲。
- ^ ザ・フーの3rdアルバム『セル・アウト』のアウトテイク。リイシューCDに収録。
- ^ ザ・フーのシングル「シーカー」B面曲。
- ^ ムーンの8曲よりも少ない。
- ^ 映画の一部は、リストの愛人だった作家のマリー・ダグーがリストとの関係を基に書いた小説"Nélida"についてのラッセルの解釈に基づいている。
- ^ ダルトリーがリストを演じた他、『トミー』にも出演したポール・ニコラスがドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナー、リンゴ・スターがローマ法王を演じた。なおワーグナーは前述の作家ダグ―とリストとの間に生まれた娘コジマの再婚相手だった。
- ^ 映画にもトールの役で出演した。
- ^ リストが作曲した作でウェイクマンが編曲した「愛の夢」「オルフェウスの歌」「愛の勝利」に歌詞をつけた。
- ^ この映画はトム・クレッグの監督作品である。日本未公開。
- ^ アメリカ人で、ピーター&ゴードンのアルバムLady Godiva(1966年)のジャケットのモデル。ジミ・ヘンドリックスの「フォクシー・レディ」(Foxy Lady)は彼女についての歌であるという説がある。
出典
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- 1 ロジャー・ダルトリーとは
- 2 ロジャー・ダルトリーの概要
- 3 俳優として
- 4 人物
- 5 ディスコグラフィ
- 6 出演作品
- 7 脚注
固有名詞の分類
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