マリー・ダンティオケ
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マリー・ダンティオケ(Marie d'Antioche, 1145年 - 1182年)は、東ローマ帝国皇帝マヌエル1世コムネノスの2番目の皇后。アンティオキア公国の統治者、コンスタンス・ダンティオケと最初の夫レーモン・ド・ポワティエの長女。父方の従姉にエレアノール・ダキテーヌがいる。
- 1 マリー・ダンティオケとは
- 2 マリー・ダンティオケの概要
- 3 脚注
固有名詞の分類
東ローマ皇后 | キラツァ・マリア チチャク マリー・ダンティオケ アエリア・エウドキア ピロシュカ |
ポワティエ家 | アリエノール・ダキテーヌ レーモン・ド・ポワティエ アデライード・ダキテーヌ マリー・ダンティオケ |
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