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アーダルベルト・シュティフター

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/26 08:21 UTC 版)

アーダルベルト・シュティフター

アーダルベルト・シュティフターAdalbert Stifter, 1805年10月23日 ボヘミア・オーバープラーン Oberplanチェコ、ホルニー・プラナー Horní Planá) - 1868年1月28日)はオーストリア画家小説家

目次

生涯

オーストリア領、南ボヘミアのオーバープラーンで、亜麻布商を営む農家の長男として生まれる。ウィーン大学法学を学び、35歳までは家庭教師を続けながら画家を志す。1840年、たまたま所持していた書きかけの原稿を見いだされたことがきっかけとなり、小説家としての創作活動を始める。このウィーン時代に発表された作品群は、『習作集』(Studien)全6巻にまとめられた。1848年三月革命の失敗に衝撃を受け、未熟な人間性への深い絶望にとらえられた彼は、真の人間形成のためには教育、特に基礎教育こそが重要であると考え、ウィーンから上部オーストリアのリンツに移住し、視学官となる。1853年、短編集『石さまざま』(Bunte Steine)を刊行。その序文で、人間世界を導く「穏やかな法則」を通して自己の芸術的信条を述べた。1857年12月、長編小説『晩夏』(Der Nachsommer)を出版。晩年は病苦と闘いながら最後の長編小説『ヴィティコー』(Witiko, 1865年-1867年)を完成した。

作風

画家を兼ねているためか、彼の小説における自然描写は細やかで静謐、そして美しい。彼は「芸術は貴い崇高なものである」「偉大なものは、劇的なまれにしか起こらないことよりも、ささやかでありふれた日常的なものにこそあらわれている」と考えていた。このため、彼はありふれたもの・普遍的なものを通して、高貴さ・偉大さを表現しようと努めた。英雄の超人的な行為よりも、ありふれた人々の日常的な行為にあらわれた、質素・節度・克己を小説の題材として選んだ。

評価

シュティフターの小説にはささやかな出来事や普通の人々しか出てこない。そのため、同時代の人々にはつまらないと批判されていた。長編小説『晩夏』に対し、「通読した者にはポーランドの王冠を進呈しよう」[1]と酷評した劇作家ヘッベルは、こうした見方を代表する。一方、哲学者のニーチェは、この小説を「繰り返し読まれる」に値するドイツ19世紀後半の優れた散文である[2]と絶賛した。トーマス・マンは、『「ファウストゥス博士」の成立』のなかで、「シュティフターは世界文学の最も注目すべき、最も奥深い、最も内密な大胆さを持つ、最も不思議な感動を与える小説家の一人である」(佐藤晃一訳)と惜しみない讃辞を送り、『習作集』『石さまざま』『晩夏』『ヴィティコー』などの諸作品を生涯に渡って愛読した[3]ヴィルヘルム・フルトヴェングラーは「ベートーヴェンの『田園』を振るためには、シュティフターを読んでおかねばならないと信じているよ」と録音技師のフリードリヒ・シュナップ(Friedrich Schnapp, 1900-1983)に語ったという[4]

日本における受容

日本におけるシュティフターの作品受容の歴史は大正時代に遡り、堀辰雄は、旧制高校時代の授業で『喬木林』(Der Hochwald)を講読したと述べている[5]。爾来、日本はそのほぼ全ての小説を翻訳した稀有の国であり、作品集[6]も刊行されている。ドイツ文学出身の作家古井由吉は、シュティフターを「長年愛好する作家」と呼び、小説やエッセイでしばしばその作品に言及している[7]


  1. ^ 『ライプツィヒ画報』(Leipziger Illustrierte Zeitung)1858年9月4日。
  2. ^ フリードリヒ・ニーチェ『人間的な、あまりにも人間的な』(Menschliches, Allzumenschliches)1876年-1878年。
  3. ^ 中村康二「シュティフターとその読者 : (一) トーマス・マンのシュティフター・レクテューレ」(『中京大学教養論叢』17(4)、1977年3月)、小名木榮三郎「トーマス・マンとシュティフター―書簡と日記にみる精神の触れ合い―」(『自然と対話する魂の軌跡―アーダルベルト・シュティフター論―』、1994年4月、慶應義塾大學法學研究會刊所収)による。
  4. ^ http://patangel.free.fr/furt/schna_en.htm による。
  5. ^ 堀辰雄「匈奴の森など」『新潮』、1936年1月。
  6. ^ シュティフター作品集 全4巻、1983-87年、松籟社。のちに新版として「シュティフター・コレクション」が刊行される。
  7. ^ 『電気石』の一節を翻訳引用する「峯の嵐か」(『忿翁』所収)、登場人物がシュティフターの幻影を見る『楽天記』、他に『白髪の唄』など。エッセイでは『半日寂寞』など。また、岩波文庫の「私の三冊」のうちの1冊として『水晶 他三編―石さまざま』を挙げている(岩波書店『図書 臨時増刊号』1996年)。もっとも古井自身は、亀の子文字印刷された古い作品集で『石さまざま』を愛読していることは、著書『神秘の人びと』の記述から窺える。


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