ラムダン・トゥアミ ラムダン・トゥアミの概要

ラムダン・トゥアミ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/10/07 15:26 UTC 版)

Teuchy Ramdaneのモードとの出会いはスケートボートでした。高校生の頃、同じくスケーターのルームメイトがテキスタイル部に学んでいました。スケーターにあうファッションスタイルが当時なかったため、このルームメイトがT—シャツとバッジのブランドRitch Abracadabra を立ち上げました。これを見ていたRamdaneは洋服作りの魅力に目覚めます。 1993年、スケーターブランドとして有名なStussyの自発的サンプルとして初のT—シャツブランドTeuchyをおこしました。6000フランを投じてスクリーン印刷を施した100枚のT—シャツを用意したところ、ほんの2週間で完売し、Ramdaneはビジネスの面白さに気がつきました。スケーターの間で人気が高まり、そちらの方が忙しくなったため、高校にはだんだんと通わなくなりました。 パリの地下鉄メトロシャトレ駅近くのサン•ドニ通りに、当時Hiphopブランドとして有名なショップAlpha New York storeがありました。偶然ショップの前を通りかかったRamdaneは、自分が手がけたT—シャツを売り込み、パリ進出の足がかりをつかみました。その後、新たなT—シャツブランドTeuchiland をつくります。発売当初からスケーターやHiphop業界で人気をよび、有名人のあいだでも顧客がつくようになります。このコレクションは複製の被害に遭いましたが、Ramdaneはこれを人気の証拠と受け取り、学業を終わらせ、本格的なパリ進出を決意します。

King Size 1996年、決意を新たにしたRamdaneはプロドューサーを得るため、ファッションブランドが軒を並べるSentier地区を回り、スタイリストとして自身を売り込みました。1ブランドから声がかかったRamdaneは、フランスで初となるスケーターブランドKing Sizeを立ち上げます。このブランドでは、T—シャツだけではなく、パンツ、ブルゾン、スウェットなども取り入れた30点を発表します。特に生地の質やカットに情熱を注いだデニム生地などを手がけた結果、ヨーロパでは62店舗のショップでの取り扱いがあり、これまでアメリカンブランドの独壇場であったフランススケーター市場において30%のシェア率を占めるようになりました。Ramdaneは、ヨーロッパの他のブランドとコラボレーションにより、アメリカブランドに対する反対勢力となるスケーターブランドを立ち上げたいと考えていましたが、慎重すぎる投資家やスケーター界全体からの賛同を得るには至らず1997年の4月にこの事業から手を引きました。 « L’Epicerie » Polette King Sizeを手がけていた頃から、Ramdaneはあるアイデアを温めていました。グラフィックにアイデンティティのある商品の創作や生産にすっかり慣れた彼は、洋服やアクセサリーや音楽、アート、家具などが一同に集う自身の本当の「遊園地のようなもの」を作りたいと考えるようになっていたのです。ちょうど、Ramdaneがこのプロジェクトを練っていた際に、サン•トノレ通りにコンセプトストアColetteがオープンします。そこで、このコンセプトストアの成功の皮肉りと同時にモード界を挑発するようなメッセージが書かれたT−シャツPoletteを発売します。Colette側はこのT−シャツを回収しようとしましたが、結果的には286部の販売に成功しています。

L’Epicerie Coletteの成功によって、コンセプトストアの可能性に強い手応えを感じたRamdaneは、「改革によってモード界の歴史をつくる」という哲学のもとにコンセプトストアL’EpicerieをArtus de Lavilléonと共に マレ地区テンプル通り30番地にオープンさせます。 L’EpicerieにはJeremy Scott, Gaspard Yurkievitch, Madeleine King, Marc Jaco , André Walker,Alain Mikli, Éric Bergère, Alexander Van Slobhe, Étienne Zücher, Zeus, XII Prod, Éric Halley, Arnehn Institute, Franck Fournès, Ryo Maeda, Franck Slama, Fred Mathiasなどのクリエーターが通う場となりました。L’Epicerieはクリエーターやアーティストを支援する立場をとり、アート作品や洋服、アクセサリーだけに留まらずワインやジャムなど、クリエーターのアイデアを積極的に形にしていきました。更にRamdaneは150点のオリジナルピースや限定プリントを提案していくだけではなく、ゲリラ的に様々なアーティストとイベントやコラボを開催し顧客の注目を集めました。そんなL’Epicerieも1999年に閉店しましたが、このショップ運営の経験を通してRamdaneはビジュアル効果やプレスの重要性なども含めたイベント運営のノウハウを学びました。 Castelbajacとのコラボレーション L’Epicerieの後、Ramdaneは Jean-Charles de Castelbajacのコンセプトストアオープンにむけた準備とショップに使用する電子製品を日本から買い付ける仕事を任されました。マダム道りにできたこのコンセプトストアのオープニングは、この通りを完全に歩行者天国にし、工事現場で使用するテープを張り巡らすというパリでも前例のないものとなりました。音楽はAriel Wizman、グラフィックはYorgo Tloupasが手がけました。

Projet Hypeteam 1999年6月、Ramdaneは日本滞在中に出会ったヨーロッパではまだ知られていない、もしくはまだ販路がない多くのブランドにインスパイアされ、インターネットサイト« hypetam.com »を立ち上げました。 Ramdaneはインターネットツールを使ってアクセス不可能なプロダクトを可能にしようと考えたのです。François Alauxと共同で設計したウェブデザインは、国際空港をイメージしたもので、目的地はパリ、東京、ストックホルムとしました。「搭乗ゲート」から独自の世界観を有する様々なショップが閲覧できるようにし、目的地によって異なるブランドを揃え、品揃えも毎月変わるシステムになっていました。また、便もユーザーが直行便か経由便かを選べる設定になっており、旅行の気分が味わえるような工夫がなされました。このサイトにアップされる商品はショップではなくウェブ限定でしか購入できないようになっており、ユーザーにとって貴重な商品を見つけることが出来るオリジナルスペースとなりました。 Le corner 331 R lax « hypetam.com »プロジェクトを手がけていた際に、左岸の老舗百貨店Bon Marchéからトレンドを発信する「最高級のコーナー」のプロデュースを持ちかけられます。そこで、雑誌、レコード、電子機器、家具、雑貨などを販売するコーナー«331 R lax»を企画しました。Yorgo Tloupasとのコラボレーションでビジュアルにも力を入れました。 And A 2000/2001 L’Epicerieを成功させた時期からRamdaneに興味を持ち、コラボレーションの可能性を考えていたサザビー創業者の鈴木 陸三氏との企画が2000年に始動し始めます。 これまで「日本の働く女性」のスタイルをテーマに食器、アクセサリー、雑貨、衣料品など様々な商品展開を行っていたブランドAnd Aのイメージを一新し、商品に一貫性を持たせ、ブランドの再評価につなげるという野心的なアートディレクションをRamdaneは任されます。2000年4月にRamdaneは来日し、東京のオフィスやブティックの設計から商品のセレクト、ビジュアル·アイデンティティやイメージの企画まで全てを取り仕切りました。

College & Coolax RamdaneはAnd Aのイメージを「白紙の状態」から見直そうと決意します。ブティックおよびグラフィックイメージにも新しいアイデアを取り入れ、衣類•雑貨のコレクション、電子機器、家具、本、雑誌やジュエリーなどのセレクション、限定品のセレクトなどを手がけることでAnd Aのアイデンティティを一新します。さらにRamdaneはこれに留まらず、ブランド一新に理解を示すようメーカーにも働きかけました。 And Aでの最初のコレクション « Collège »は日本の社会、特に日本の学生から着想を得たコレクションになっています。決められた制服という枠のなかで、自身のスタイルを出そうと工夫する学生達を間近で観察している内に、自由度がわずかな空間での個性の表現、また、その繊細さにRamdaneは魅了されていきます。そこで、イギリスと日本の学生服をミックスさせ、制服という一律平等性、制服という制約、その制約から産まれる創造性をテーマにコレクションを展開していきました。 スケーター用のコレクションを手がけていた頃に身につけたパッチワークやプリント柄、ステッカーやワッペンなどを使い、素材やカット、ディテールに配慮し、制服に使われるアイテムをつぎつぎと変化させていきました。 このコレクションは2000年の10月にパリで、11月に東京で発表され、日本でも指示を得ます。男性層やストリートファッション層を更にターゲットに取り入れたいRamdaneは、大阪と青山限定販売のブランド« Coolax »を立ち上げます。T-シャツ、パンツ、スウェット、ブルゾンなど全ピースにRamdane気に入りのゴールドのレベットをあしらい、得意なプリント柄のひとつとなったカモフラージュプリントも取り入れました。 この2ブランド« Collège »と« Coolax »は両者ともに独自のグラフィックアイデンティティを有し、Ramdaneはこれに見合うショップの設計を介してビジュアルアイデンティティを確立させました。これによって、他のチェーン店には見られないコレクションにおける優れた一貫性を保ちつつ、2ブランドのコレクションを超えたイメージを打ち出すことが可能となりました。ブランドの一貫性を得たことから、And Aだけではなく、海外の他のバイヤーからのディストリビューションを可能にすることにも成功しました。 こうしてRamdaneは、驚異的なスピードで新生And Aのアイデンティティを確立させました。

Parfumerie Générale 2011年、日本からフランスに帰国したRamdaneは、妻のVictoireが情熱を注ぐビューティ−とコスメに特化したコンセプトストアの企画に取りかかり、パリ8区に Parfumerie Généraleをオープンしました。世界中の200ブランドから80ブランドを厳選し、まだ一般には知られていなかったブランドをフランス市場に紹介します。既存のショップと異なった点は、ひとつのコンセプトストアで全身のケア用品が揃うようにし、性別を問わす、全ての年齢層にあうセレクトを心がけたことでしょう。

RT et Résistanc ロンドンのショップLibertyを手がけた際、メンズコレクションがまだまだ成熟していないことを実感し、さらに、自分に似合うブランドが無かったことから、自身のブランドR.Tを立ち上げます。




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