「中山道の一里塚一覧」を解説文に含む見出し語の検索結果(51~60/151件中)
木曽海道六十九次 小田井(歌川広重画)小田井宿(おたいしゅく)は、中山道六十九次のうち江戸から数えて二十一番目の宿場。現在の長野県北佐久郡御代田町南西部にあたる。参勤交代などで大名が北国街道との分岐点...
木曽海道六十九次 小田井(歌川広重画)小田井宿(おたいしゅく)は、中山道六十九次のうち江戸から数えて二十一番目の宿場。現在の長野県北佐久郡御代田町南西部にあたる。参勤交代などで大名が北国街道との分岐点...
木曾街道六拾九次 新町(歌川広重画)新町宿(しんまちしゅく)は、江戸時代に指定された江戸から数えて11番目の中山道六十九次(木曽街道六十九次)の宿場町であった。概要新町宿は、現在の群馬県高崎市新町に位...
木曾街道六拾九次 新町(歌川広重画)新町宿(しんまちしゅく)は、江戸時代に指定された江戸から数えて11番目の中山道六十九次(木曽街道六十九次)の宿場町であった。概要新町宿は、現在の群馬県高崎市新町に位...
歌川広重「木曽海道六十九次・芦田」旧芦田宿本陣芦田宿(あしだしゅく)は、中山道六十九次のうち江戸から数えて二十六番目の宿場。現在の長野県北佐久郡立科町芦田にあたる。難所であった笠取峠の東の入口にある。
歌川広重「木曽海道六十九次・芦田」旧芦田宿本陣芦田宿(あしだしゅく)は、中山道六十九次のうち江戸から数えて二十六番目の宿場。現在の長野県北佐久郡立科町芦田にあたる。難所であった笠取峠の東の入口にある。
木曽海道六十九次 野尻(渓斎英泉)野尻宿の町並み野尻宿(のじりじゅく)は、中山道40番目の宿場(→中山道六十九次)。長野県木曽郡大桑村に位置する。寛政3年(1791年)に大火に遭っている。宿場通りの長...
木曽海道六十九次 野尻(渓斎英泉)野尻宿の町並み野尻宿(のじりじゅく)は、中山道40番目の宿場(→中山道六十九次)。長野県木曽郡大桑村に位置する。寛政3年(1791年)に大火に遭っている。宿場通りの長...
須原宿(すはらじゅく)は、中山道39番目の宿場(→中山道六十九次)で、現在は長野県木曽郡大桑村。歌川広重「木曽海道六十九次・須原宿」須原宿の町並み須原宿の町並み木曽川の氾濫で流失し、享保2年(1717...
歌川広重「木曽海道六十九次・三渡野」三留野宿(みどのじゅく)は、中山道41番目の宿場(→中山道六十九次)。長野県木曽郡南木曽町に位置する。明治時代の大火で町並みが失われてしまったが、江戸時代には妻籠宿...