ロビン・ギブ
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| ロビン・ギブ Robin Gibb |
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|---|---|
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2009年
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| 基本情報 | |
| 出生名 | Robin Hugh Gibb |
| 生誕 | 1949年12月22日 |
| 出身地 | Rised in: Moved to: |
| 死没 | 2012年5月20日(62歳没) |
| ジャンル | ディスコ、ポップ、ロック、ソフトロック |
| 職業 | シンガーソングライター |
| 担当楽器 | ボーカル、ピアノ、ヴァイオリン、ギター |
| 活動期間 | 1958年 - 2012年 |
| 共同作業者 | ビー・ジーズ |
| 公式サイト | Official website |
ロビン・ギブ(英: Robin Gibb、1949年12月22日 - 2012年5月20日)は、マン島出身のシンガーソングライターである。2人の兄弟(バリー・ギブ、モーリス・ギブ)と結成したビー・ジーズのメンバーとして知られている。
出自
ロビンはマン島で父ヒュー・ギブ(1916~92)と母バーバラ(1920~2016)の下で生を受け、モーリス・ギブと双子(二卵性)だった。なお、モーリスより35分先に生まれた。ロビンは5人兄弟で、1人の姉(レズリー 1945年生)と3人の兄弟(バリー 1946年生、モーリス 1949年生、アンディ 1958年生)がいる。家族とともに1958年にはオーストラリアのブリスベンに移ってから、彼らの音楽キャリアがスタートした。1967年にイングランドへ戻ってロバート・スティグウッドに見いだされ、彼らの音楽活動は成功し、最も成功したポップグループの一つとして知られる[1]。
ソロ・キャリア
ロビンは、1960年代後半のビージーズ第一期黄金期では、常に兄バリー・ギブとリードボーカルの役割を競っていた。そして、彼の曲「ランプの明り」(Lamplight)がバリーの曲「若葉のころ」(First of May) のB面に追いやられた後、ロビンはグループを去りソロ・キャリアを開始した。
ソロ活動では、最初に出したシングル「救いの鐘」(Saved by the Bell) がイギリスで最高2位を記録する成功を収めた[2](100万枚売れてゴールドディスクと認定された[3])が、アルバム『救いの鐘』(Robin’s Reign) はセールスではあまり成功しなかった。その後、兄と和解しビージーズに復帰。その後グループは『サタデー・ナイト・フィーバー』で大成功を収めるが、それを受けたセサミストリートのコンセプト・アルバム『Sesame Street Fever』にロビンが参加。タイトル・トラックをセサミストリートのパペット達と歌った。
グループで活動している間も、ロビンはソロ活動を進めていた。1980年代には、3つのソロ・アルバム(『How Old Are You』『Secret Agent』『Walls Have Eyes』)を発表。主にヨーロッパで成功を収め、1983年のシングル「ジュリエット」が大ヒット。1984年に発売したシングル「恋するボーイズ」(Boys Do Fall in Love) もビルボードのTop40にチャートインした。
2003年1月27日にソロ・アルバム『マグネット』(Magnet)を発売し、シングル「プリーズ」は全英23位を記録するなどしたが、アルバム発売と同じ週に双子の兄弟モーリスが急死。モーリスの死を受け、ロビンとバリーはしばらくビージーズを解散することにした。しかし、2009年後半になって、ロビンとバリーはビージーズを再結成すると発表した。
2003年8月に「愛する者の祈り」(ビー・ジーズの1997年のアルバム『スティル・ウォーターズ』収録曲)のセルフカバーをロビンとウォンヤ・モリス(ボーイズIIメンのメンバー)、ランス・バスの共演で発売する予定だったが、ラジオでオンエアされたのみで実際はリリースされなかった。しかし、2004年1月に同じ曲をロビンとアリステア・グリフィンが共演したヴァージョンがリリースされ、そちらは全英シングルチャートで最高5位を記録した[4]。
2004年後半、ロビンはドイツ、ロシア、アジアでソロ・ツアーを開催した。そしてドイツでのライヴは、CD・DVDとしてリリースされた。ツアーは2005年にラテン・アメリカ・ツアーまで続いた。
更にロビンはイギリスのテレビ番組「The Dame Edna Treatment」のオープニングテーマを歌ったり、2005年1月、ロビンは兄バリーやその他のアーティストと共に「One World Project」という名のプロジェクトに参加した。このプロジェクトはアジアの津波被害を救済するための慈善シングル「Grief Never Grows Old」をリリースした。同年6月、ロビンはロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで行われたXファクターのコンサートで、G4と共にビージーズの「若葉のころ」を演奏した。このパフォーマンスは録音され、"G4 feat Robin Gibb"名義で2005年12月にシングルとして販売された。このトラックは全英アルバムチャートで最高6位を記録するアルバム『G4 & Friends』[5]にも収録された。
2006年3月、彼は上海とポルトガルでソロ・コンサートを開催することをアナウンスした。2006年5月、兄バリーと共にロンドン塔でPrince's Trust[6]の30周年記念コンサートに出演した。2006年9月には、ロビンはミス・ワールドのファイナルで「ステイン・アライヴ」を演奏した。2006年11月、フィリピンのマニラのアラネタ・コロシアムでソロ・コンサートを行った。
11月に初のクリスマス・アルバム『Robin Gibb ? My Favourite Carols』を発売。この作品はロンドンの楽団The Serlo Consort とのコラボレーションだった。このアルバムにはロビンが書いた新曲「Mother of Love」が含まれており、この曲はダウンロード・シングルとしてヨーロッパで発売された。この曲はモーリスにインスパイアされたもので、その売上はブラーマ・クマリス[7]に寄付された。
ロビンは2007年に出身地であるマン島TT・フェスティバルで凱旋コンサートを開いた[8]。この売上はすべて、マン島の病院の子供たちのために寄付された。
2008年5月18日、ロビンはオーストラリア生れの英国のDJであるアラン・フリーマンへのトリビュート曲「Alan Freeman Days」を発表した。この曲はダウンロード販売のみだった。
2009年1月、ラス・ジョーンズとロブ・ブライドン[9]、そしてトム・ジョーンズとロビンが共演した曲「アイランズ・イン・ザ・ストリーム」(Islands in the Stream)(ビージーズの3人が1983年に制作した曲)が発売され、全英シングルチャート1位に輝いた[10]。このシングルはBBCのコメディ番組『Gavin & Stacey』が企画したチャリティ・シングルだった[11]。
2008年にリリース予定だったソロ・アルバム『フィフティ・セント・キャサリンズ・ドライブ』(50 St Catherine's Drive)は当時リリースされなかった。2009年8月に息子のロビン=ジョンと共演した「Instant Love」が発表された。
死
2010年10月、コンサート出演のため訪れていたベルギーで腹部に激痛を覚えて病院に運ばれ、その後イギリスに帰国して腸閉塞と診断され手術を受けた。これは2003年に亡くなったモーリスの死因となった病気である。その後は体調が回復し、コンサート活動を再開していたが、2011年4月に再び腹部に痛みが生じたため、ブラジル公演の中止を余儀なくされた[12]。
2011年10月に病気が結腸がんであることが明らかになり、2012年1月には、がんが肝臓に転移していることが伝えられた。ロビンは治療を受けながら仕事を続け、ロビン=ジョンと共にタイタニック号沈没百周年を記念した初のクラシック作品「タイタニック・レクイエム」を制作した。当時のインタビューでロビンは「準備で気が紛れたおかげで、この病気から助かるかも知れないと心から思えるようになった」と語り、2012年2月初めには「がんからめざましく回復した」と宣言した[13]。
しかし、2012年4月10日にロンドンで開催された「タイタニック・レクイエム」の初演コンサートには、ロビンの姿はなかった。
2012年4月14日、ロビンは肺炎を発症して、ロンドン市内チェルシーの病院に入院していることが明らかになった。ロビン=ジョンによると、家族と兄のバリーが見守る中、ロビンは昏睡状態に陥っているという[14][15]。
2012年4月21日にはロビンが昏睡状態から覚め、ドウィーナがロイ・オービソンのヒット曲「クライング」を演奏すると大声をあげたことなどが報じられたが[16]、2012年5月20日に死去した[17]。62歳没。
その後
ロビンの死から2年経った2014年に『フィフティ・セント・キャサリンズ・ドライブ』がリリースされた。2011年にシングルとして発売されたロビン最後の曲「シドニー」も収録されている。
私生活
1968年、ロビンはブライアン・エプスタインの秘書だったモリー・ハリスと結婚した。2人は、49人の犠牲者を出したヒザー・グリーン鉄道事故(英語: Hither Green rail crash)に遭遇したが生き残った。彼らには2人の子供がいた。しかし、ロビンはアメリカで活動しつづけ妻はイギリスに残っていたこともあり、1980年に離婚した。
ロビンの2人目の妻ドウィーナは作家かつ芸術家で、ブラーマ・クマリスの支持者である。2人の間には息子ロビン=ジョンがいる。彼女は季節によりマン島、マイアミ、オックスフォードシャーに移り過ごしている[18]。
栄誉
1994年、ロビンは「ソングライターの殿堂」(英語: Songwriters Hall of Fame)入りをした[19]。2022年、オーストラリアン・ソングライターの殿堂入り。
2002年、兄弟と共に大英帝国勲章(CBE)を受章した[20]。
2004年5月、ロビンとバリーはマンチェスター大学より Doctor of Music の名誉学位を得た。
2009年10月、ロビンとバリーはダグラスで "Freeman of the Borough" の称号[21]を得た。この称号はすでに亡くなったモーリスにも授けられたため、彼ら3兄弟は揃って出生の街で栄誉に浴することとなった。
ディスコグラフィー
アルバム
| 年 | 邦題 | 原題 | イギリス[2] | ドイツ | アメリカ合衆国 | スイス | カナダ | ニュージーランド | イタリア |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1970 | 救いの鐘 | Robin's Reign | – | #19 | – | – | #77 | – | – |
| 1983 | ハウ・オールド・アー・ユー | How Old Are You? | – | #6 | – | #26 | – | #22 | #13 |
| 1984 | シークレット・エージェント | Secret Agent | – | #31 | #97 | #20 | – | – | – |
| 1985 | Walls Have Eyes | – | – | – | – | – | – | – | |
| 2002 | Magnet | #43 | #10 | – | – | – | – | – | |
| 2006 | My Favourite Christmas Carols | – | – | – | – | – | – | – | |
| 2014 | フィフティ・セント・キャサリンズ・ドライブ | 50 St. Catherine's Drive | – | – | – | – | – | – | – |
シングル
| 年 | 楽曲 | 楽曲 | イギリス[2][4][10] | ドイツ | アメリカ合衆国 | オーストリア | スイス | 南アフリカ | ニュージーランド | イタリア |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1969 | 救いの鐘 | Saved By the Bell | #2 | #3 | – | – | – | #1 | #1 | – |
| 1969 | ミリオン・イヤーズ | One Million Years | – | #14 | – | – | #6 | – | – | – |
| 1970 | 夏と秋の間に | August, October | #45 | #12 | – | – | – | – | #11 | – |
| 1978 | オー・ダーリング | Oh Darling | – | – | #15 | – | – | – | – | #5 |
| 1980 | ヘルプ・ミー (ロビン・ギブ with マルセラ・デトロイト) |
Help Me! (Robin Gibb with Marcy Levy) |
– | – | #50 | – | – | – | – | – |
| 1983 | ジュリエット | Juliet | #94 | #1 | #104 | #2 | #1 | – | – | #1 |
| 1983 | ハウ・オールド・アー・ユー | How Old Are You? | #92 | #37 | – | – | – | – | – | – |
| 1984 | 悲しみのニューヨーク | Another Lonely Night in New York | #71 | #16 | – | – | #19 | – | – | – |
| 1984 | 恋するボーイズ | Boys Do Fall in Love | #70 | #21 | #37 | #36 | – | #7 | – | #10 |
| 1984 | シークレット・エージェント | Secret Agent | – | – | – | – | – | – | – | – |
| 1985 | キミの日記 | In Your Diary | – | – | – | – | – | – | – | – |
| 1985 | ライク・ア・フール | Like a Fool | – | – | – | – | – | – | – | – |
| 1986 | トイズ | Toys | – | – | – | – | – | – | – | – |
| 2002 | Please | #23 | #51 | – | – | – | – | #48 | – | |
| 2003 | Wait Forever | – | – | – | – | – | – | – | – | |
| 2004 | 愛する者の祈り (ロビン・ギブ & アリステア・グリフィン) |
My Lover's Prayer (Robin Gibb & Alistair Griffin) |
#5 | – | – | – | – | – | – | – |
| 2005 | 若葉のころ (G4 feat. ロビン・ギブ) |
First of May (G4 feat. Robin Gibb) |
– | – | – | – | – | – | – | – |
| 2006 | Mother of Love | – | – | – | – | – | – | – | – | |
| 2007 | 失われた愛の世界 (ロビン・ギブ & US5) |
Too Much Heaven (Robin Gibb & US5) |
– | #7 | – | – | – | – | – | – |
| 2009 | アイランズ・イン・ザ・ストリーム (コミック・リリーフ w/ロビン・ギブ) |
Islands in the Stream (Comic Relief w/Robin Gibb) |
#1 | – | – | – | – | – | – | – |
脚注
- ↑ Kim Summers. “allmusic ((( Robin Gibb > Overview”. 2012年6月29日閲覧。
- 1 2 3 “ChartArchive - Robin Gibb”. 2012年6月29日閲覧。
- ↑ Murrells, Joseph (1978). The Book of Golden Discs (2nd ed.). London: Barrie and Jenkins Ltd. p. 259. ISBN 0-214-20512-6
- 1 2 “ChartArchive - Alistair Griffin”. 2012年7月2日閲覧。
- ↑ “ChartArchive - G4 - G4 & Friends”. 2012年7月2日閲覧。
- ↑ イギリス皇太子によって設立された慈善団体
- ↑ BKWSU。瞑想を教義する団体。http://www.bkwsu.org/index_html-ja?set_language=ja
- ↑ “Peel Bay Festival, Isle of Man” (2007年2月12日). 2010年7月9日閲覧。
- ↑ 2人ともBBCのコメディ番組『Gavin & Stacey』の出演者。
- 1 2 “ChartArchive - Jenkins / West / Jones / Gibb”. 2012年7月2日閲覧。
- ↑ Paul Sexton (2009年10月6日). “U2, Comic Relief Top U.K. Charts, Billboard.com”. 2010年7月9日閲覧。
- ↑ Bee Gees star Robin Gibb axes string of Brazil live dates after being rushed to hospital Mail Online 2012年4月17日閲覧
- ↑ Robin Gibb's Coma: Latest Heartbreak for 'Bee Gee' family ABC News 2012年4月17日閲覧
- ↑ Former Bee Gee Robin Gibb Gravely Ill in London Hospital TIME.com 2012年4月15日閲覧
- ↑ ビージーズのロビンさんが昏睡状態 AFPBB News 2012年4月16日閲覧
- ↑ Bee Gees singer Robin Gibb wakes from coma BBC News 2012年4月22日閲覧
- ↑ Bee Gee Robin Gibb Dead at 62 ABC News 2012年5月21日閲覧
- ↑ “The PM's wife, the Druid priestess and the no-sex guru” (2007年1月6日). 2010年7月9日閲覧。
- ↑ “Songwriters Hall of Fame website”. 2010年7月9日閲覧。
- ↑ “Barry, Robin and Maurice's son Adam received the CBE award”. 2010年7月17日閲覧。
- ↑ その地の名誉を高めるような働きをした者に贈られる称号。
外部リンク
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