USET-80
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/09/23 15:57 UTC 版)
| USET-80 | |
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| 種類 | 長魚雷 |
| 原開発国 | |
| 運用史 | |
| 配備期間 | 1980年代– |
| 開発史 | |
| 開発者 | 第400研究所 |
| 開発期間 | 1970年代– |
| 諸元 | |
| 重量 | 2,000 kg |
| 全長 | 7.9 m |
| 直径 | 533 mm |
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| 射程 | 18 km (43kt駛走時)[1] |
| 速度 | 45ノット[1] |
| 弾頭 | 200 - 300 kg |
| 信管 | 衝撃信管、音響近接信管 |
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| エンジン | Mg-AgCl電池[1] |
| 深度 | 1,000 m |
| 誘導方式 | 音響誘導+航跡追尾 |
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発射
プラットフォーム |
潜水艦、水上艦 |
USET-80は、ソビエト連邦で開発された長魚雷である[2]。SET-65の後継として開発された対潜・対艦両用の電池魚雷であり[3]、1,000 mの潜航深度を持つ[2]。
来歴
ソ連海軍の誘導魚雷のルーツは、第二次世界大戦中にドイツ海軍から鹵獲した電池魚雷であるT-Vにある[3]。ソ連における誘導式電池魚雷は、まず対艦兵器として実用化されたものの、後には主として対潜兵器として用いられるようになり、1965年に対潜用のSET-65、1971年には有線誘導に対応したTEST-71が完成した[3]。
これらの開発に携わった第400研究所は、そのノウハウを活かして対潜・対艦の両用魚雷の開発を志向し、まず1972年、400mm径の短魚雷であるSET-72を完成させた[3]。海軍もその性能を認め、MGT-1型およびSET-40型の代替として採用された[3]。
1970年代のソ連海軍は、西側諸国の潜水艦は将来的に深度1,000メートルを達成し、速力も更に向上するであろうと予測していた[1]。当時の技術では、このような深々度では熱機関魚雷の運用が困難であったことから、次期主力魚雷は電池魚雷とすることになった[1]。このことから、SET-72を基に長魚雷へと規模を拡大するとともに性能全般を向上させた魚雷として開発されたのがUSET-80であり、1980年に完成した[3]。
設計
上記の通り、本魚雷は潜航深度1,000メートルを要求された[2]。このような深々度では熱機関魚雷の性能発揮が困難であることから、本魚雷は電池魚雷とされた[1]。電源としては、前任のSET-65が銀亜鉛電池(AgO-Zn電池)を用いていたのに対し、本魚雷では、カソード(正極)に塩化銀、アノード(負極)にマグネシウムを用いた海水電池(Mg-AgCl電池)が採用された[1][注 1]。
誘導装置は2つの独立したホーミングチャンネルを持ち、音響誘導(探信・聴音)と、航跡追尾の両方に対応している[2]。航跡追尾は主として対水上戦に用いられるが、浅い深度にいる潜水艦も検知可能な航跡を生成するため、対潜戦にも使用できる[2]。例えば深度15 mを6ノットで航行する潜水艦は約900 m長の利用可能な航跡を生成し、深度27 mでは215 mの航跡長となる[2]。比較として、水上艦が生成する検知可能な航跡は数千メートルに達する[2]。
配備
脚注
注釈
出典
参考文献
- Ваннах, Михаил (2023-06-23), “Грозное оружие: как устроена неуловимая и смертоносная российская торпеда «Физик»”, TechInsider
- Friedman, Norman (2006), Naval Institute Guide to World Naval Weapon System (5th ed.), Naval Institute Press, ISBN 978-1557502629
- Polutov, Andrey V.「ソ連魚雷発達史」『世界の艦船』第729号、海人社、2010年9月、102-108頁、 NAID 40017199799。
関連項目
- UGST - 後継として開発された熱機関魚雷
- A184 - 類似した性格をもつイタリア製の魚雷
- DM2A1 ゼーアル - 類似した性格をもつ西ドイツ製の魚雷
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