Pinnとは? わかりやすく解説

Pinn

名前 ピン

物理情報ニューラルネットワーク

(Pinn から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/09/03 01:44 UTC 版)

物理情報ニューラルネットワークを用いてナビエ–ストークス方程式を扱う概念図

物理情報ニューラルネットワーク(ぶつりじょうほうニューラルネットワーク、: physics-informed neural networkPINN)は、既知の微分方程式初期条件境界条件などの物理的・数学的制約をニューラルネットワークの学習過程に組み込む手法である[1][2]。主として偏微分方程式常微分方程式で記述される系の数値解析に用いられ、既知のモデルから解を求める順問題だけでなく、観測データから未知の物理パラメータなどを推定する逆問題にも利用される[1][3]

典型的なPINNでは、空間座標や時間を入力し、速度、圧力、温度などの未知の物理量を出力するニューラルネットワークを構築する。ネットワークの出力を自動微分することで支配方程式の残差を求め、方程式の残差、初期・境界条件との不一致、必要に応じて観測データとの不一致を組み合わせた損失関数を最小化する[3]。このため、正解となる数値解を大量の教師データとして用意しなくても、既知の方程式自体を学習時の制約として利用できる。

日本語では「物理情報ニューラルネットワーク」の表記が学術文献で用いられている[4]。また、「Physics-Informed Neural Network」の語をそのまま用いる例や、「物理法則を組み込んだニューラルネットワーク」と説明する例もある[5]

歴史

ニューラルネットワークを微分方程式の数値解法に用いる研究は、PINNという名称が定着する以前から存在した。1994年、M・W・M・G・ディサナヤケとN・ファン=ティエンは、ニューラルネットワークによる普遍近似器と選点法を組み合わせ、偏微分方程式を解く問題を最小化問題として扱う手法を報告した[6]

1998年には、I・E・ラガリス、A・リカス、D・I・フォティアディスが、初期条件や境界条件を構造的に満たす試行関数の一部としてニューラルネットワークを用い、常微分方程式および偏微分方程式を解く方法を提案した[7]

2019年、Maziar Raissi、Paris Perdikaris、George Em Karniadakisは、非線形偏微分方程式によって表現される物理法則をニューラルネットワークの学習に組み込み、順問題と逆問題を共通の枠組みで扱う「physics-informed neural networks」を体系化した[1]。以降、PINNは物理モデルと機械学習を組み合わせる科学機械学習(scientific machine learning)の代表的手法の一つとして研究されている[2][3]

定式化

PINNが対象とする微分方程式を一般的に

とする。ここで、は求める物理量、は微分演算子、は方程式に含まれる物理パラメータ、は空間領域である。さらに、初期条件または境界条件を

と表す[3]

PINNでは、未知関数を、パラメータをもつニューラルネットワーク

によって近似する。このとき支配方程式の残差は

となる。の空間・時間微分は一般に自動微分によって計算される[3]

代表的な損失関数は

のように表される。は領域内部の選点(コロケーション点)における微分方程式の残差、は初期条件・境界条件との不一致、は観測データとの不一致を表し、はそれぞれの項の重みである[3]。観測データを用いない順問題では、データ項を含めず、方程式と初期・境界条件のみからネットワークを学習させることもできる。

順問題

順問題では、支配方程式に含まれる物理パラメータや必要な初期・境界条件を既知として、未知の解を求める[1]。従来の有限差分法有限要素法有限体積法などとは異なり、典型的なPINNでは要素間の接続関係を持つ計算格子を必須とせず、領域内に配置した選点で方程式残差を評価する。この意味でPINNはしばしばメッシュフリーの手法と説明される[3]

学習後のネットワークは座標から物理量への連続的な近似関数として利用できるため、学習時の選点とは異なる位置でも値を評価できる。ただし、計算領域、支配方程式、物理パラメータなどを変更した場合に、通常のPINNがそのまま利用できるとは限らず、再学習が必要となる場合がある。

また実運用面では、PINNを用いたソルバーはTensorFlowなどのテンソル演算フレームワーク上で動作するため、GPUの活用が容易であったり一般的なソルバーより高速に動作することが期待されるというメリットが存在する。

逆問題

逆問題では、観測された物理量を利用して、状態だけでなく、支配方程式に含まれる未知のパラメータなどもニューラルネットワークのパラメータと同時に推定する[1][2]。これにより、疎な観測データから物理場を再構築したり、未知の係数や物理パラメータを推定したりすることができる。

例えば、菊本英紀らは、PINNを用いて航空機客室の縮尺模型から得られた疎な平均流速データと流体の支配方程式を組み合わせ、換気流れ場を再構築する方法を検討している[4]。またプラズマ中に現れるソリトンに対してPINN解析を行い、それがKdV方程式に従うことを定量評価した研究[8]も存在する。

ただし、観測データを利用できる逆問題で境界情報の不足を補える場合があることは、一般の順問題が必要な初期条件や境界条件なしに一意に解けることを意味しない。問題の適切性は支配方程式や与えられる条件に依存する。

また逆問題は一般的に順問題より難しく、支配方程式の係数を精度よく推論するためにはより適切な数と質を持つデータセットが必要となる。

特徴と応用

PINNは、既知の物理モデルと観測データを同一の最適化問題に組み込める点に特徴がある。特に、観測データが疎またはノイズを含む場合の状態推定や逆問題、通常の数値計算から得られたデータを利用する代理モデルの構築などが主要な利用分野となっている[2][3]

応用は流体力学、熱輸送、固体力学、材料科学などに広がっている[2]。日本でも換気流れ場の再構築[4]や、プラズマ物理における順問題・逆問題への応用が紹介されている[5]

PINNには多数の拡張手法が提案されている。例えば、計算領域を複数の部分領域に分割して複数のニューラルネットワークを学習させるcPINN(conservative PINN)やXPINN(extended PINN)、弱形式・変分形式を利用する手法、初期・境界条件をニューラルネットワークの構造によって厳密に満たす手法、不確実性を扱うベイズ型PINNなどが研究されている[3]

限界

PINNは従来の数値解法を一般的に置き換える万能な方法ではない。ニューラルネットワークの学習そのものが非線形な最適化問題であり、支配方程式、境界条件、観測データなど複数の損失項を同時に小さくする必要があるため、学習が困難になる場合がある[9]。損失項の大きさや収束速度が異なることによって勾配が不均衡となり、特定の制約だけが優先される現象も報告されている[9]

標準的なPINNは、移流、反応、拡散を含む一部の方程式で、問題が複雑になると適切な解を学習できなくなる場合がある。例えば、KdV方程式の1ソリトン解が一様な背景のもとで移流している様子を逆問題解析させたとする。1ソリトン解は「初期値がソリトン形の移流方程式の解」ともみなすことができるため、PINNによる逆問題解析で支配方程式が移流方程式かKdV方程式かを見極めることは原理的に不可能である。Krishnapriyanらは、こうした失敗がニューラルネットワークの表現能力だけによるものではなく、微分方程式をソフトな制約として加えた結果、損失関数の最適化が困難になることにも起因すると報告している[10]

また、急峻な勾配、不連続性、複数の空間・時間スケールを含む問題などでは、標準的なPINNの学習の難易度が上がり、必要とされるデータ点が大きくなることが知られている[3][11]。従来の数値解法と比べて学習に長い計算時間を要する場合もあり、特に高次元問題や三次元問題では計算負荷が問題となる[3]

PINNの近似誤差や汎化誤差については理論解析も進められているが、収束性は問題の種類や解の正則性、安定性、最適化精度などの条件に依存する。De RyckとMishraによる数値解析のレビューでは、近似誤差・汎化誤差・訓練誤差を分けて解析したうえで、特に訓練誤差がPINNの性能を制限する主要な要因の一つであると指摘されている[12]

応用面で、気象予想では2026年現在はPINNによる予報は第一原理計算による予報を精度面で上回っていないとする報告もある[13]

関連項目

脚注

  1. 1 2 3 4 5 Raissi, Maziar; Perdikaris, Paris; Karniadakis, George Em (2019-02-01). “Physics-informed neural networks: A deep learning framework for solving forward and inverse problems involving nonlinear partial differential equations” (英語). Journal of Computational Physics 378: 686–707. doi:10.1016/j.jcp.2018.10.045.
  2. 1 2 3 4 5 Karniadakis, George Em; Kevrekidis, Ioannis G.; Lu, Lu; Perdikaris, Paris; Wang, Sifan; Yang, Liu (2021). “Physics-informed machine learning” (英語). Nature Reviews Physics 3: 422–440. doi:10.1038/s42254-021-00314-5.
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 Cuomo, Salvatore; Schiano Di Cola, Vincenzo; Giampaolo, Fabio; Rozza, Gianluigi; Raissi, Maziar; Piccialli, Francesco (2022). “Scientific Machine Learning Through Physics–Informed Neural Networks: Where we are and What’s Next” (英語). Journal of Scientific Computing 92. doi:10.1007/s10915-022-01939-z.
  4. 1 2 3 菊本英紀; 賈鴻源 (2025-02-01). “物理情報ニューラルネットワークを用いた平均流速計測に基づく換気流れの再構築”. 生産研究 77 (1): 37–43. doi:10.11188/seisankenkyu.77.37.
  5. 1 2 今寺賢志 (2026-02). “物理法則を組み込んだニューラルネットワーク”. プラズマ・核融合学会誌 102 (2): 60–64 2026年8月27日閲覧。.
  6. Dissanayake, M. W. M. G.; Phan-Thien, N. (1994). “Neural-network-based approximations for solving partial differential equations” (英語). Communications in Numerical Methods in Engineering 10 (3): 195–201. doi:10.1002/cnm.1640100303.
  7. Lagaris, I. E.; Likas, A.; Fotiadis, D. I. (1998). “Artificial neural networks for solving ordinary and partial differential equations” (英語). IEEE Transactions on Neural Networks 9 (5): 987–1000. doi:10.1109/72.712178. PMID 18255782.
  8. K. Kondo et al.. “Physics-informed neural network analysis of laser-driven solitary waves in a carbon slab target”. APS Open Sci.. doi:10.1103/qxpb-4w5y.
  9. 1 2 Wang, Sifan; Teng, Yujun; Perdikaris, Paris (2021). “Understanding and Mitigating Gradient Flow Pathologies in Physics-Informed Neural Networks” (英語). SIAM Journal on Scientific Computing 43 (5): A3055–A3081. doi:10.1137/20M1318043.
  10. Krishnapriyan, Aditi; Gholami, Amir; Zhe, Shandian; Kirby, Robert; Mahoney, Michael W. (2021). “Characterizing possible failure modes in physics-informed neural networks”. Advances in Neural Information Processing Systems (英語). Vol. 34. pp. 26548–26560.
  11. J. Guo et al. (2026). “Error estimates for a physics-informed neural network in solving KdV equations”. Mach. Learn. Sci. Technol.. doi:10.1088/2632-2153/ae3c59.
  12. De Ryck, Tim; Mishra, Siddhartha (2024). “Numerical analysis of physics-informed neural networks and related models in physics-informed machine learning” (英語). Acta Numerica 33: 633–713. doi:10.1017/S0962492923000089.
  13. ZHONGWEI ZHANG (2026). “Physics-based models outperform AI weather forecasts of record-breaking extremes”. Sci. Adv.. doi:10.1126/sciadv.aec1433.

外部リンク

  • PINNs - RaissiらによるPINNの公開実装


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