第2次吉田内閣
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第2次吉田内閣(だいにじ よしだないかく)は、衆議院議員・民主自由党総裁の吉田茂が第48代内閣総理大臣に任命され、1948年(昭和23年)10月15日から1949年(昭和24年)2月16日まで続いた日本の内閣。
注釈
- ^ 会派として与党入りしていない。
- ^ a b c d e 経済安定本部総務長官、物価庁長官、中央経済調査庁長官を兼任。
- ^ a b c d 1948年(昭和23年)12月13日、泥酔による国会キス事件を起こした責任を取り、翌日国務大臣・衆議院議員を辞任。
- ^ 衆議院副議長に就任内定のため。
- ^ 炭鉱国管疑獄を受けて辞任。
- ^ 吉田には民自党148、社革党18、諸派・無所属17、民主党1(岡部得三)が投票。片山には社会党87、黒田には労農党9、徳田には共産党4、齋藤は自身の1、白票は民主党81、国協党1(三木武夫)、諸派・無所属2無記名2。無効は鈴木弥五郎(無所属)。
- ^ 吉田には民自党148、社革党18、諸派・無所属18、民主党1(岡部得三)が投票。片山には民主党1(北浦圭太郎)、白票は社会党86・民主党80・国協党29・労農党9・共産党4、諸派・無所属3、無記名2。
出典
- ^ 『官報』号外「叙任及辞令」、昭和23年10月15日
- ^ 『官報』号外「叙任及辞令」、昭和23年10月19日
- ^ 『官報』第6549号「叙任及辞令」、昭和23年11月11日
- ^ a b c d e f g h 『官報』号外「叙任及辞令」、昭和23年12月14日
- ^ a b c 『官報』第6551号「叙任及辞令」、昭和23年11月13日
- ^ 『官報』第6625号「辞令」、昭和24年2月15日
- ^ 『官報』号外「叙任及辞令」、昭和23年10月20日
- ^ 『官報』第6590号、昭和24年1月4日。
- ^ 『官報』第6589号「叙任及辞令」、昭和23年12月29日
- ^ 『官報』第6539号「叙任及辞令」、昭和23年10月29日
- ^ 『官報』第6571号「叙任及辞令」、昭和23年12月8日
- ^ 『官報』号外「第3回国会衆議院会議録第4号」、昭和23年10月15日付
- ^ 『官報』号外「第3回国会参議院会議録第4号」、昭和23年10月15日付
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