牧尚春
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/16 05:17 UTC 版)
牧 尚春(まき ひさはる/なおはる)は戦国時代から安土桃山時代にかけての美作国の武将。
- ^ 久世町教育委員会 『久世町史 通史編』(1975年)。ただし、系図は城資盛以降は抜け落ちて一気に牧兵庫まで年代が飛んでいる上に名前の誤記が目立つ。
- ^ 岸田裕之, 長谷川博史『岡山県地域の戦国時代史研究』(広島大学文学部、1995年)。『石見牧家文書』はこの石見牧氏の所有物。
- ^ 『下河内牧家文書』「牧之家可秘」
- ^ a b c 久世町教育委員会 『久世町史 資料編第1巻』(2004年)
- ^ a b c d e f g h 『石見牧家文書』
- ^ 『三浦貞勝墓碑銘』。『作陽誌』などは永禄8年(1565年)12月としているが 『久世町史 資料編第1巻』は後の一次資料との整合性から貞勝墓碑銘の年号を正しいと見ているのでこれと出典とする。
- ^ 晴久当主期に天文年間中に安堵された高田庄などのこと。厳密には安堵したのは誠久である。
- ^ 『美作美甘文書』『美作国諸家感状記』
- ^ 『美作牧家文書』
- ^ 『作陽誌』
- ^ 『香川家文書』『下岩牧家文書』
- ^ 『香川家文書』
- ^ 『美作国諸家感状記』
- ^ 『安西軍策』
- ^ 『無尽集』七十九 浦備前覚書三 吉弘鑑理書状写 日付は永禄12年(1569年)10月28日付けなので直家の降伏はそれ以前である
- ^ 『森脇覚書』
- ^ 『石見牧家文書』
- ^ 『島家遺事』『石見牧家文書』
- ^ 『岩屋古城覚』『美作諸国感状記』
- ^ 山本浩樹『戦争の日本史12 西国の戦国合戦』(吉川弘文館、2006年)
- ^ 『萩藩閥閲録』『下河内牧家文書』など
- ^ 『作陽誌』
- ^ 『中島本政書上』
[続きの解説]
「牧尚春」の続きの解説一覧
- 1 牧尚春とは
- 2 牧尚春の概要
- 牧尚春のページへのリンク