同和鉱業片上鉄道線
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片上鉄道線(かたかみてつどうせん)は、かつて岡山県備前市の片上駅から久米郡柵原町(現美咲町)の柵原駅までを結んでいた同和鉱業(現:DOWAホールディングス)片上鉄道事業所の鉄道路線である[1]。1991年6月30日まで営業を行っていた。
注釈
- ^ 『鉄道模型趣味』の1984年3月号の記事によると「DL・気動車・客車はいつも美しい姿をしている。」とある((私鐡倶楽部1984)p.45)
- ^ 鉄道事業法施行規則第12条二にいう距離更正点のうち、更正距離が正の地点。この地点以降(終点方向)の実際の起点からの距離は、距離標で示されるキロ程より更正距離の絶対値だけ長くなる。
- ^ 同じく距離更正点のうち、更正距離が負の地点。この地点以降(終点方向)の実際の起点からの距離は、距離標で示されるキロ程より更正距離の絶対値だけ短くなる。
- ^ これ以前は国鉄が(片上鉄道線)和気駅運転業務を行っていた。
- ^ 廃止時点の所在地のうち和気郡佐伯町は2006年3月1日に和気町に、赤磐郡吉井町は2005年3月7日に赤磐市に、久米郡柵原町は2005年3月22日に美咲町となった。
- ^ 周匝 - 柵原病院前間は、備前片鉄バス以外にも周匝 - 高下間は宇野自動車(美作線)、高下 - 吉ヶ原 - 柵原病院前間は中鉄北部バス(高下 - 吉ヶ原 - 津山 - スポーツセンター線)の路線バスがそれぞれ運行されていて、補助金打ち切りで路線廃止となった場合の代替交通機関が確保されていることも、美咲町が補助金を打ち切った一因となった。
- ^ 老朽化した保存車両の保守、および鉄道保存施設の改修工事に伴い、2008年11月から2009年9月まで展示運転を休止していた。2009年10月4日より展示運転を再開したが、2020年2月で運行を休止している。
- ^ 片上鉄道廃止後に軌道モーターカーおよびマルチプルタイタンパーも小坂鉄道へ譲渡されている。
出典
- ^ 『昭和55年度 民鉄要覧』電気車研究会・鉄道図書刊行会、p.419
- ^ 『瀬戸町誌』瀬戸町、1985年1月1日、544-545頁。
- ^ (私鐡倶楽部1984)p.45
- ^ a b c d e “片上鉄道廃止に“待った” 代替バスのメド立たず 中国運輸局 安全確保対策に遅れ”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 2. (1991年5月23日)
- ^ a b c d e f 『地方鉄道及軌道一覧. 昭和18年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 「軽便鉄道免許状下付」『官報』1919年7月18日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『日本全国諸会社役員録。 第28回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『地方鉄道及軌道一覧 : 附・専用鉄道。 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 「鉄道免許失効」『官報』1921年12月29日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1922年4月20日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1923年1月10日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1923年8月18日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 「地方鉄道駅設置」『官報』1924年9月11日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1929年2月18日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1931年2月13日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 「保存車・廃車体一覧3 補遺【第6回】」『RAIL FAN』第49巻第3号、鉄道友の会、2002年3月、19頁。
- ^ 2013年6月時点のキハ801
- ^ 2012年6月時点のキハ311
- 1 同和鉱業片上鉄道線とは
- 2 同和鉱業片上鉄道線の概要
- 3 歴史
- 4 駅一覧
- 5 廃線後の状況
- 6 脚注
- 同和鉱業片上鉄道線のページへのリンク