比嘉による名乗り出と小説執筆
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/04 14:50 UTC 版)
「白旗の少女」の記事における「比嘉による名乗り出と小説執筆」の解説
1987年10月、比嘉富子が自分が白旗の少女であると名乗り出た。当時比嘉は48歳で、沖縄タイムスのインタビューに応じる形であった。1988年6月にはニューヨークでの「平和大行進」に参加、その際に自分を撮影したカメラマンに会いたいというプラカードを掲げた。7月に比嘉はヘンドリクソンと再会を果たしている。 翌1989年、講談社から、子供用のシリーズ「講談社のノンフィクション」の1冊として『白旗の少女』を刊行する。比嘉は本の「あとがき」の中で、映画の公開以来日本兵が自分を盾にしたかのような誤解を受けてきたことを残念に思っていること、日本兵は直前にたまたま別の道から合流したために後に続く形になっただけであることを記している。
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