日運寺とは? わかりやすく解説

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日運寺

読み方:ニチウンジ(nichiunji)

宗派 日蓮宗

所在 千葉県安房郡丸山町

本尊 十界大曼荼羅

寺院名辞典では1989年7月時点の情報を掲載しています。

日運寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/14 07:11 UTC 版)

日運寺
所在地 千葉県南房総市加茂2124-1
位置 北緯35度00分51.8秒 東経139度56分41.1秒 / 北緯35.014389度 東経139.944750度 / 35.014389; 139.944750座標: 北緯35度00分51.8秒 東経139度56分41.1秒 / 北緯35.014389度 東経139.944750度 / 35.014389; 139.944750
山号 勝栄山
宗派 日蓮宗
寺格 誕生寺末
本尊 日蓮
中興年 元亀2年(1571年
中興 林清
文化財 仁王門、榧の木
法人番号 4040005015572
日運寺
日運寺 (千葉県)
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日運寺(にちうんじ)は、千葉県南房総市にある寺院。寺域には昭和45年(1970年)に植樹した約2万株のアジサイが咲き、房総のあじさい寺といわれている。

由緒

古くは勝栄坊と称する真言宗(天台宗とも[1])の堂宇で、文永11年11月5日、日蓮が鎌倉より小湊への帰路宿泊し、住職行然が難問抗論するが、日蓮が法華の真理を以って説いたことにより敬服し日蓮宗に改宗した[2]元亀2年(1571年勝浦城正木時通の子で僧の林清を中興開山[3]とし、正木時通・頼忠兄弟が再興し、時通の法名より「勝栄山日運寺」とした。のちに徳川幕府より寺領13石の朱印地を給せられた[4]

文化財

  • 仁王門(昭和53年指定)南房総市文化財
  • 榧の木(昭和50年指定)南房総市天然記念物
  • 正木時通・頼忠の墓(昭和54年指定)南房総市指定史跡
  • 日鑑上人入定窟(昭和50年指定)南房総市指定史跡
  • 請雨塔(昭和50年指定) 南房総市指定史跡

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ 千葉県安房郡誌p822
  2. ^ 千葉県誌巻上p553、千葉県安房郡誌p822
  3. ^ 千葉県誌巻上p553、また、天正年間に正木頼忠の兄重郎が僧となっておりこれを住職としたとある(千葉県安房郡誌p822)
  4. ^ 千葉県誌巻上p553


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