日蓮宗とは?

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にちれんしゅう 【日蓮宗】

日蓮が開いた仏教一宗派。「法華経」を唯一の所依とし,久遠仏への帰依と「南無妙法蓮華経」の唱題による成仏を説き,現世における仏国土建設をめざす。日蓮死後廟所びようしよ)とされた甲斐身延山久遠寺布教本拠となったが,のち日蓮宗・日蓮正宗法華宗本門流・陣門流真門流)・顕本法華宗日蓮宗不受不施派本門仏立宗などの分派生まれた。法華宗
日蓮宗の一派身延山久遠寺本山とする。

日蓮宗

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/09/28 13:47 UTC 版)

日蓮宗(にちれんしゅう)は、




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注釈

  1. ^ その自称や一宗派を立てたという自覚(有無両説あり)に関しては、日蓮#立宗感を参照。
  2. ^ 釈尊を本仏として久遠實成本師釈迦牟尼仏と称すると、日蓮を久遠元初本門文底本因妙の教主・末法の本仏とする。なお、後者は、室町期に現れたと身延門流含む日蓮宗では主張している[17]が、日蓮正宗では『開目抄』『観心本尊抄』『諸法実相抄』などの宗祖遺文に基づき、宗祖が展開したと主張している。
  3. ^ 所依の妙法蓮華経を構成する二十八品(28章)を前半の「迹門」(しゃくもん)、後半の「本門」に二分し、本門に法華経の極意があるとする勝劣派と、二十八品全体を一体のものとして扱うべきとする一致派
  4. ^ (日蓮宗事典刊行委員会 1981, p. 20)や(創価学会教学部 1968, p. 146)には、一致とある。
  5. ^ 小泉久遠寺(日蓮宗)、北山本門寺(日蓮宗)、洛中三条要法寺(日蓮本宗)は、日蓮本仏はあくまで富士門流派祖滅後に権力闘争や派閥原理主義から派生した異流教学であると退け、派祖日興の本義は釈尊本仏と主張している。一方、上条大石寺、下條妙蓮寺、讃岐本門寺、日向定善寺(以上、日蓮正宗)は、「開目抄」「諸法実相抄」「富士一跡門徒存知事」「五人所破抄」「日興遺戒置文」などの遺文を根拠に、宗祖本仏論を主張している。
  6. ^ 富士門流には釈尊本仏勝劣派、保田妙本寺には日蓮本仏勝劣派、とそれぞれある。
  7. ^ 富士門流には、釈尊本仏、勝劣派とある。
  8. ^ 日蓮宗の檀信徒ではない時の権力者からの布施を受けることが是か非かという問題である。
  9. ^ 現在顕本法華宗および日蓮宗什師会など
  10. ^ 一致派日蓮宗勝劣派顕本法華宗本門宗法華宗本門法華宗・本妙法華宗・日蓮正宗
  11. ^ 顕本法華宗・本門宗・法華宗・本門法華宗・本妙法華宗・日蓮正宗
  12. ^ 日蓮宗・顕本法華宗・本門宗・法華宗・本門法華宗・本妙法華宗・日蓮正宗・不受不施派・不受不施興門派
  13. ^ 可能な限り掲載したが、全ての日蓮系寺院を網羅するものではない。複数説存する場合は、複数の資料に記載された説をなるべく優先し、複数記載のない場合はより高次の資料に記載された説を優先した。ウィキペディアの記事を出典とする場合は、Wikipedia:独自研究は載せないに従い慎重を期したが、この方針について留意願いたい。
  14. ^ (コトバンク”. 朝日新聞社. 2014年11月28日閲覧。)および(日蓮宗現代宗教研究所 1981, p. 111)(木村勝行 1995, p. 62)には、「日蓮宗本成寺派」とある。
  15. ^ (影山堯雄 1979, p. 附録17)には、不受不施講門派が独立したのは1880年(明治13年)とある。
  16. ^ (金岡秀友 1979, p. 205)(斎藤昭俊 1988, p. 441)には、大石寺が本門宗より独立して日蓮宗富士派と称したのは1899年(明治32年)、とある。
  17. ^ (金岡秀友 1979, p. 205)(斎藤昭俊 1988, p. 441)には、日蓮宗富士派が日蓮正宗と改称したのは大正元年、とある。
  18. ^ (斎藤昭俊 1988, p. 427)には、「本化日蓮正宗」とある。(金岡秀友 1979, p. 192)には、日蓮宗不受不施派と日蓮講門宗が合同して本化正宗として認可されたのは1882年(明治15年)、とある。
  19. ^ (金岡秀友 1979, p. 203)には、中山法華経寺が日蓮宗より独立して中山妙宗と称したのは1952年(昭和27年)、とある。
  20. ^ (金岡秀友 1979, pp. 231,241)には、法華宗が、陣門流・真門流・本門流に分派還元したのは1946年(昭和21年)、とある。(斎藤昭俊 1988, p. 445)には、法華宗の分派は1946年(昭和21年)、とある。(斎藤昭俊 1988, p. 449)には、終戦後に於ける法華宗の各派の名称は、それぞれ、法華宗、本門法華宗、本妙法華宗、とある。本門法華宗始め複数のページには、法華宗の分立は1951年(昭和26年)、とある。
  21. ^ (斎藤昭俊 1988, p. 442)には、顕本法華宗が日蓮宗より独立したのは1947年(昭和22年)、とある。(影山堯雄 1979, p. 附録18)には、京都妙満寺が顕本法華宗と称したのは、1948(昭和23年)、とある。顕本法華宗始め複数のページには、顕本法華宗が日蓮宗より独立したのは1950年(昭和25年)、とある。
  22. ^ (影山堯雄 1979, p. 附録18)には、京都要法寺が日蓮本宗と称したのは、1948(昭和23年)、とある。(金岡秀友 1979, p. 203)には、要法寺が日蓮宗より独立して日蓮本宗と称したのは1952年(昭和27年)、とある。
  23. ^ (斎藤昭俊 1988, p. 451)には、本門法華宗が法華宗より独立したのは1946年(昭和21年)、とある。
  24. ^ 本化日蓮宗には、本化日蓮宗が日蓮宗より独立したのは1954年(昭和29年)、とある。
  25. ^ 日蓮法華宗には、日蓮法華宗は法華宗本門流より独立した、とある。
  26. ^ 日向妙国寺には、日向妙国寺は1956年(昭和31年)日蓮正宗に改宗1957年(昭和32年)離脱、とある。
  27. ^ 富士門流には、保田妙本寺の単立は1993年(平成5年)、とある。
  28. ^ 異論噴出の源が京都要法寺であったという意。興門派の中心が京都要法寺ということではない。
  29. ^ 榎木境道『富士門流の歴史 重須編』によれば、「この上申書は身延山久遠寺・池上本門寺・中山法華経寺各山の貫主連名で、教部省に宛て明治5年7月2日付で出されています。要するに、全国にある日蓮宗寺院について、一致派・勝劣派の区別無く、有無を言わさず七大本山の許に分割して末寺にすることをねらった、まさに陰謀と言うべき内容でした。この動きを察知した京都要法寺(興門派)では、明治6年になって(中略)日蓮宗管長・顕日琳の責任を追及し(中略)同年5月28日には大石寺を含めた興門派、及び八品派連署による願書を取りまとめて教部省に提出、七大本山の企てを却下するよう訴えています。(中略)同年8月には教部省より『日蓮宗には従来総本山が無かったにもかかわらず、今さら七本寺などと主張する謂れはない』との(中略)布達が出され、こうして七本山の画策による上申は却下されたのです。」とある。
  30. ^ なお、後者は勝劣派全門流五派の合同教団となるが、初代管長については京都要法寺の釈日貫 (榎木境道 2007, p. 452) と八品派の釈日実 (安中尚史 1995) の二説がある。
  31. ^ この措置に勝劣派が異議を訴え、同様に日蓮宗と称することを承認されるも、行政上の混乱を避けるため、これを忌避。勝劣派が各派別に管長を置くことを許されるようになった[157]。また、これ以後、日蓮宗を冠する勝劣派も現れ始めるようになる[3]
  32. ^ 1939年(昭和14年)4月8日法律第77号
  33. ^ この経緯について、近江幸正 (1995)は、「これより戦時新体制による新教団として戦争遂行にいっそう協力することとなった。教団合同の道筋には、 当時の国家主義的風潮への心酔と迎合があった一面、 政府・官憲によるさまざまな弾圧・脅迫があったことを忘れてはならない。 」と述べているが、日蓮門下の各派の場合、大正期にきわめて高揚した自発的な統合運動が存在していた。
  34. ^ 教派、宗派又ハ教団ハ主務大臣ノ認可ヲ受ケ合併又ハ解散ヲ為スコトヲ得
  35. ^ なお、同年同月、本門法華宗・法華宗・本妙法華宗は法華宗となり[163]、同年、不受不施派・不受不施派講門派は本化正宗と公称[164][165]した。
  36. ^ 旧顕本法華宗、旧本門宗に属する本山、末寺には日蓮宗より独立するものもあったが、旧顕本法華宗の改革派である本山妙國寺、本山本興寺、本山玄妙寺、本山妙立寺、や、旧本門宗の大本山重須本門寺、本山小泉久遠寺、本山實成寺とそれらの末寺は引き続き、日蓮宗の内部で固有の教義を維持し続けている。
  37. ^ 中山法華経寺の貫首のみ、荒行堂が設置されているのに伴い、伝主とも称する。

出典

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  69. ^ 木村勝行 1995, pp. 61-62f-但し、1898年(明治31年)に本成寺派が法華宗に改称したことのみ。
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  101. ^ 日蓮宗現代宗教研究所 1981, p. 425a-但し、1946年(昭和21年)に中山法華経寺が中山妙宗と称したことのみ。
  102. ^ 日蓮宗現代宗教研究所 1981, pp. 600-601-但し、1972年(昭和47年)に、中山妙宗が日蓮宗との合併・中山妙宗解散を議決したことのみ。
  103. ^ 日蓮宗現代宗教研究所 1981, pp. 767-768-但し、中山法華経寺が、1946年(昭和21年)に日蓮宗より独立して中山妙宗を新設し、1972年(昭和47年)に復帰合同したことのみ。
  104. ^ 本間裕史 1995, pp. 63-64h-但し、論文執筆時点で北山本門寺と小泉久遠寺が日蓮宗に包括されていることのみ。
  105. ^ 本間裕史 1995, pp. 63-64k-但し、論文執筆時点で日蓮宗に所属する旧本門宗末寺数が北山本門寺末36か寺小泉久遠寺末4か寺柳瀬実成寺末4か寺下条妙蓮寺末1か寺保田妙本寺末9か寺京都要法寺末34か寺西山本門寺末12か寺であることのみ。
  106. ^ 金岡秀友 1979, pp. 231,239-但し、法華宗・本妙法華宗・本門法華宗が1941年(昭和16年)に合同して法華宗と称したことのみ。
  107. ^ 斎藤昭俊 1988, p. 427c-但し、1941年(昭和16年)に法華宗・本妙法華宗・本門法華宗が合同して法華宗と称したことのみ。
  108. ^ 斎藤昭俊 1988, p. 450b-但し、法華宗・本妙法華宗・本門法華宗が1941年(昭和16年)に合同して法華宗と称したことのみ。
  109. ^ 斎藤昭俊 1988, p. 451b-但し、本門法華宗が1941年(昭和16年)に法華宗・本妙法華宗と合同して法華宗と称したことのみ。
  110. ^ 斎藤昭俊 1988, p. 445-但し、法華宗(本門流)が1941年(昭和16年)に法華宗・本妙法華宗と合同して法華宗と称したことのみ。
  111. ^ 金岡秀友 1979, p. 239b-但し、法華宗の各門流が1952年(昭和27年)に独立したことのみ。
  112. ^ 斎藤昭俊 1988, p. 449b-但し、法華宗の各門流が1952年(昭和27年)に独立したことのみ。
  113. ^ 日蓮宗現代宗教研究所 1981, p. 463-但し、1952年(昭和27年)に、法華宗が解散し、それぞれの門流が独立したことのみ。
  114. ^ 日蓮宗現代宗教研究所 1981, p. 425b-但し、1946年(昭和21年)に本門佛立講が法華宗より独立して本門佛立宗と改称したことのみ。
  115. ^ 金岡秀友 1979, p. 240-但し、本門佛立宗が1946年(昭和21年)に日隆門流より独立したことのみ。
  116. ^ 斎藤昭俊 1988, p. 463-但し、本門佛立宗が1946年(昭和21年)に改称したことのみ。
  117. ^ 日蓮宗現代宗教研究所 1981, p. 425c-但し、1946年(昭和21年)に日蓮宗不受不施派が日蓮宗不受不施講門派と分派し妙法華宗と改称したことのみ。
  118. ^ 金岡秀友 1979, p. 204d-但し、日蓮宗不受不施派が1946年(昭和21年)に合同を解消したことのみ。
  119. ^ 金岡秀友 1979, p. 192c-但し、日蓮講門宗が1946年(昭和21年)に独立したことのみ。
  120. ^ 斎藤昭俊 1988, p. 456b-但し、本化正宗が戦後分派し不受不施講門派が1946年(昭和21年)に日蓮講門宗と称したことのみ。
  121. ^ 日蓮宗#宗教法人・日蓮宗のあゆみ-但し、日蓮宗に残留した京都妙満寺末が日蓮宗什師会を組織していることのみ。
  122. ^ 日蓮宗現代宗教研究所 1981, p. 431-但し、1947年(昭和22年)に顕本法華宗京都妙満寺が日蓮宗より独立したことのみ。
  123. ^ 金岡秀友 1979, p. 41c-但し、顕本法華宗が1948年(昭和23年)に日蓮宗より独立して顕本法華宗と称したことのみ。
  124. ^ 日蓮宗現代宗教研究所 1981, p. 442-但し、1949年(昭和24年)に、清澄寺が真言宗より日蓮宗へ帰属したことのみ。
  125. ^ 日蓮宗現代宗教研究所 1981, p. 745-但し、1949年(昭和24年)に、清澄寺が真言宗智山派より日蓮宗へ帰属したことのみ。
  126. ^ 本間裕史 1995, pp. 63-64d-但し、1950年(昭和25年)に京都要法寺が単立となり日蓮本宗と称したことのみ。
  127. ^ 日蓮宗現代宗教研究所 1981, p. 449a-但し、1950年(昭和25年)に、京都真如院が日蓮宗(旧本門宗)より独立して日蓮本宗を設立したこと、京都要法寺が単立となり日蓮本宗と称したことのみ。
  128. ^ 斎藤昭俊 1988, p. 458d-但し、日蓮本宗が昭和25年に日蓮宗より独立したことのみ。
  129. ^ 本間裕史 1995, pp. 63-64g-但し、1957年(昭和32年)保田妙本寺が日蓮宗より日蓮正宗へ帰属したことのみ。
  130. ^ 定善寺-但し、日知屋上定善寺が1957年(昭和32年)に日蓮正宗へ帰属したことのみ。
  131. ^ 本間裕史 1995, pp. 63-64e-但し、1950年(昭和25年)に下条妙蓮寺が日蓮宗より日蓮正宗へ帰属したことのみ。
  132. ^ 本門寺 (三豊市)-但し、讃岐本門寺が1946年(昭和21年)に日蓮宗より日蓮正宗へ帰属したことのみ。
  133. ^ 本間裕史 1995, pp. 63-64i-但し、論文執筆時点で富士大石寺と下条妙蓮寺が日蓮正宗に包括されていることのみ。
  134. ^ 日蓮宗現代宗教研究所 1981, p. 449b-但し、1950年(昭和25年)に本門法華宗が法華宗より独立したことのみ。
  135. ^ 斎藤昭俊 1988, p. 459-但し、本化日蓮宗が1951年(昭和26年)に日蓮宗より独立したことのみ。
  136. ^ 金岡秀友 1979, p. 239c-但し、もとの本妙法華宗が法華宗(真門流)と改称したことのみ。
  137. ^ 斎藤昭俊 1988, p. 450c-但し、法華宗(真門流)が戦後に独立して法華宗(真門流)と称したことのみ。
  138. ^ 日蓮宗現代宗教研究所 1981, p. 461-但し、1952年(昭和27年)に、妙法華宗が日蓮宗不受不施派と改称したことのみ。
  139. ^ 斎藤昭俊 1988, p. 460-但し、最上稲荷教が1954年(昭和29年)に日蓮宗より独立したことのみ。
  140. ^ 日蓮宗#宗教法人・日蓮宗のあゆみ-但し、日蓮宗に残留した京都要法寺末が興統法縁会に所属しつつ島根尊門会を組織していることのみ。
  141. ^ 大日蓮宗-但し、大日蓮宗が1957年(昭和32年)に発足したことのみ。
  142. ^ 興統法縁会-但し、日向妙国寺が1957年(昭和32年)に日蓮宗より日蓮正宗へ帰属したことのみ。
  143. ^ 西山本門寺-但し、西山本門寺が1975年(昭和50年)に日蓮正宗帰属無効の判決がでたことのみ。
  144. ^ 本間裕史 1995, pp. 63-64f-但し、1957年(昭和32年)に西山本門寺が単立になったことのみ。
  145. ^ 興統法縁会-但し、日向妙国寺が1958年(昭和33年)に日蓮正宗より独立したことのみ。
  146. ^ 日向妙国寺-但し、日向妙国寺が日蓮正宗から独立後日蓮宗郷門派と称したことのみ。
  147. ^ 本間裕史 1995, pp. 63-64j-但し、論文執筆時点で西山本門寺が単立であることのみ。
  148. ^ 西山本門寺-但し、西山本門寺が1975年(昭和50年)に法華宗興門流と称したことのみ。
  149. ^ 保田妙本寺-但し、保田妙本寺が1995年(平成7年)に日蓮正宗より独立し、単立となったことのみ。
  150. ^ 大日蓮宗-但し、大日蓮宗が1989年(平成元年)に8か寺が日蓮宗に復帰したことのみ。
  151. ^ 日蓮宗新聞社 2006-但し、大日蓮宗の残る1か寺が2006年(平成18年)に日蓮宗に復帰したことのみ。
  152. ^ 日向妙国寺-但し、日向妙国寺が1976年(昭和51年)に日蓮宗へ復帰したことのみ。
  153. ^ 最上稲荷-但し、最上稲荷教が2009年(平成21年)に日蓮宗へ復帰したことのみ。
  154. ^ 宮崎英修 1978, p. 198.
  155. ^ 坂輪宣政 2006, p. 807.
  156. ^ a b 日蓮宗事典刊行委員会 1981, p. 818.
  157. ^ a b c 安中尚史 1995.
  158. ^ 榎木境道 2007, p. 451.
  159. ^ デジタル版 日本人名大辞典+Plus”. 朝日新聞社. 2014年7月31日閲覧。
  160. ^ 榎木境道 2007, p. 452ll.12-14.
  161. ^ 宗教団体法(抄)”. 文部科学省 (1939年4月8日). 2014年8月20日閲覧。
  162. ^ a b 近江幸正 1995, pp. 60-61.
  163. ^ a b 木村勝行 1995.
  164. ^ 金岡秀友 1979, p. 204b.
  165. ^ 斎藤昭俊 1988, p. 456c.
  166. ^ 本間裕史 1995, p. 64b.
  167. ^ a b 日向妙国寺#由緒


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