勧請の伝承
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/12 16:57 UTC 版)
小平潟天満宮の造営については次のような伝承がある。天暦2年(948年)、近江国比良神社の神主・神良種が摂津国須磨で見つけた菅原道真の神像を持って旅をし、猪苗代湖畔に辿り着いた。良種はその地で休み、再び歩き出そうとして立ち上がった。しかし、道真の神像が急に重くなり動かなくなってしまった。よくみるとその地は須磨とよく似た景色であった。そのため良種はこの地を神像の鎮座の地とすることにし、耶麻郡大領上毛野陸奥臣に申し出て天満宮を勧請した。このとき、小出方村という地名だったこの地を摂津国平潟にちなんで小平潟に改めたという。
※この「勧請の伝承」の解説は、「小平潟天満宮」の解説の一部です。
「勧請の伝承」を含む「小平潟天満宮」の記事については、「小平潟天満宮」の概要を参照ください。
- 勧請の伝承のページへのリンク