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アフガニスタン日本人拉致事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/26 05:17 UTC 版)
| アフガニスタン日本人拉致殺害事件 | |
|---|---|
| 場所 | アフガニスタンナンガルハール州 |
| 日付 | 2008年8月26日 - 8月27日 午前6時30分(現地時間) |
| 標的 | ペシャワール会メンバー |
| 攻撃手段 | 武装 |
| 兵器 | 拳銃 |
| 死亡者 | 1人 |
| 容疑者 | ターリバーン |
| 動機 | 金目当て |
| 攻撃人数 | 4名[1](その内1名が政府によって逮捕) |
| 対処 | アフガニスタン政府警備隊による応戦 |
アフガニスタン日本人拉致事件(アフガニスタンにほんじんらちじけん)、またはアフガニスタン邦人拉致事件(アフガニスタンほうじんらちじけん)は、2008年8月26日にアフガニスタンで人道支援活動を行う非政府組織ペシャワール会メンバーの日本人1名とパシュトゥーン人が拉致された事件[2]。 拉致された日本人は、後に殺害された。
目次 |
経過
日本人拉致
2008年8月26日午前6時30分 (現地時間) 頃、アフガニスタン東部に位置するナンガルハール州において人道支援活動を行っていたペシャワール会メンバーの日本人1名がターリバーンに拉致された。
車に同乗していたパシュトゥーン人もターリバーンに拉致されたが、彼は自力で脱出した。そして、拉致された直後の26日午前6時40分頃、拉致された日本人を近くの村民が発見し、ターリバーンを追い詰めた。そこで1名が逮捕されたが、残る3名はクナル州へ逃走した。
殺害
その後、駆けつけたアフガニスタン政府の警備隊とターリバーンとの間で、激しい銃撃戦が繰り広げられ、拉致された日本人は午後2時から3時の間に、銃で攻撃され死亡したと見られる[3]。また、27日に駐アフガニスタンアメリカ軍も巡回中、ターリバーンらしき人物を専用ヘリコプターで追跡したが見失った。
アフガニスタン政府に逮捕された容疑者は、動機について「金目当てで犯行を決意した」と供述した。そして、殺害された日本人の状況を詳しく語っており、「政府警備隊が来たので、日本人を殺さざるを得なくなった」[4]、「(殺害された日本人は) 別のターリバーンメンバーが殺害した」と話した[5]。
ペシャワール会代表中村哲医師は、2008年8月28日にカーブルで開かれた会見において、「拉致された日本人は、車でナンガルハール州近くを巡回する際にターリバーン4人の待ち伏せに合い、襲撃された」と発表した[6]。これに対してターリバーンのムジャヒド広報官は拉致を認め、「この非政府組織が住民の役に立っていたことは知っている。しかし、(ターリバーンの見解からすると) 住民に西洋文化を植え付けようとするスパイだ。そして、全ての外国人がアフガニスタンを出るまで殺し続け、日本のように部隊を駐留していない国の援助団体でも、我々は殺害を続ける」と声明を発表した[7]。
影響
日本政府に日本人死亡の一報が入ったのは、8月27日午前11時頃 (現地時間) であり、アフガニスタン内務省からカーブルの駐日大使館に伝えられた。これを受け、当時の福田康夫首相は8月27日に「ご冥福をお祈りし、心からお悔やみを申し上げます」と追悼のコメントを出した[8]。
高村正彦外務大臣は、8月28日にアフガニスタン外務大臣と電話による会談を行い、高村外相は「アフガニスタンの積極的なテロ対策を期待する」とコメントした。 アフガニスタン外相は「お悔やみを申し上げ、これからも両国共に協力を進めたい」と返答した[9]。
尚、この事件を受け外務省に来訪した中村哲は、自身以外のペシャワール会の日本人メンバーを「これ以上犠牲を出さないように努める」として、残留日本人を全員日本に帰還させると表明した[10][11]。
遺体
殺害された日本人は、ペシャワール会代表中村哲医師により、銃弾が左足大腿動脈を貫通した際に大量出血が原因となって死亡したと断定された[12]。日本人の遺体を乗せた飛行機は、2008年8月29日にアフガニスタンのカーブル国際空港から離陸し、アラブ首長国連邦ドバイに着陸[13]。その後8月30日に中部国際空港に到着した[14]。中部国際空港には山本一太外務副大臣が出迎えた[15]。
殺害された日本人の遺体は、静岡県浜松市の浜松医科大学医学部附属病院に運ばれ、死因を調べるために解剖された[16]。
背景
ターリバーンによる非政府組織メンバーの拉致及び殺害事件が広がっていく中、ターリバーン側は、外国人によるアフガニスタン治安正常化などの取り組みをするボランティアの活動を妨害し、自らの政治実権を回復しようという狙いがあると推測される[17]。 また、関連事件には、2007年7月19日の韓国人拉致事件、2008年8月13日に起こった国際ボランティアメンバー拉致殺害事件などがある。
- ^ アフガンで邦人男性誘拐、「解放」→「否定」と情報混乱 読売新聞 2008年8月27日
- ^ アフガニスタンにおける邦人誘拐事件について 外務省 2008年8月26日
- ^ 武装4人が待ち伏せ、拉致当日に殺害…事件の経緯判明 読売新聞 2008年8月29日
- ^ 殺害状況に食い違い…アフガン内務省とタリバン関係者 読売新聞 2008年8月28日
- ^ 「殺すのか」何度も質問 アフガンで容疑者語る 朝日新聞 2008年9月10日
- ^ 武装4人が待ち伏せ、拉致当日に殺害…事件の経緯判明 読売新聞 2008年8月29日
- ^ 【アフガン邦人拉致】タリバンが殺害認める 中日新聞 2008年8月28日
- ^ アフガニスタンにおける邦人誘拐事件に関する内閣総理大臣コメント 首相官邸 2008年8月27日
- ^ 日・アフガニスタン外相電話会談 (アフガニスタンにおける邦人誘拐事件) 外務省 2008年8月28日
- ^ ペシャワール会、アフガンから日本人職員引き揚げへ 朝日新聞 2008年9月4日
- ^ 中村「ペシャワール会」代表他の来訪 (アフガニスタンにおける邦人誘拐・殺害事件) 外務省 2008年9月4日
- ^ 無言の帰国へ…左足貫通銃創での出血性ショック死か 読売新聞 2008年8月29日
- ^ 遺体、経由地のドバイから日本へ 読売新聞 2008年8月30日
- ^ 「ペシャワール会」殺害邦人遺体、中部国際空港に到着 読売新聞 2008年8月30日
- ^ アフガニスタンにおける邦人誘拐事件 (山本一太外務副大臣の中部国際空港への出張) 外務省 2008年8月29日
- ^ アフガン拉致殺害、死因は失血死…静岡県警 読売新聞 2008年8月31日
- ^ 「アフガニスタン 日本人誘拐の背景」 NHK解説委員室 2008年8月27日
- 1 アフガニスタン日本人拉致事件の概要
- 2 関連項目
固有名詞の分類
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| 誘拐事件 |
コロンビア邦人副社長誘拐事件 オーストリア少女監禁事件 アフガニスタン日本人拉致事件 ジョンベネ殺害事件 エリザベス・スマート誘拐事件 |
| 中東の事件 |
2007年ターリバーン韓国人拉致事件 リビア航空機撃墜事件 アフガニスタン日本人拉致事件 米艦コール襲撃事件 ガルフエア771便爆破事件 |