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東京ディズニーランド
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/06/02 19:33 UTC 版)
(アドヴェンチャー・ランド から転送)
| 東京ディズニーランド | |
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舞浜駅と東京ディズニーランドの航空写真。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を元に作成
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| 施設情報 | |
| 愛称 | TDL(略称) |
| テーマ | ディズニー |
| キャッチコピー | 「ようこそ、夢と魔法の王国へ」 The Kingdom of Dreams and Magic |
| 事業主体 | 株式会社オリエンタルランド |
| 管理運営 | 株式会社オリエンタルランド |
| 面積 | 51万m2 |
| 来園者数 | 2581万8000人(2009年度、TDL・TDS合計) |
| 開園 | 1983年(昭和58年)4月15日 |
| 所在地 | 〒279-0031 千葉県浦安市舞浜1-1 |
| 位置 | 北緯35度37分58.51秒 東経139度52分49.38秒 / 北緯35.6329194度 東経139.8803833度 座標: 北緯35度37分58.51秒 東経139度52分49.38秒 / 北緯35.6329194度 東経139.8803833度 |
| 公式サイト | http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tdl/ |
東京ディズニーランド®(とうきょうディズニーランド、英称:Tokyo Disneyland®、略称:TDL)は、千葉県浦安市にある東京ディズニーシー (TDS) などと共に東京ディズニーリゾート (TDR) を形成するディズニーパークである。 他国のディズニーパークと違い、誘致当時の経緯(後述)からTDSと共に唯一ディズニーグループの直営ではなく、オリエンタルランド (OLC) がライセンス方式で運営する。なお東京ディズニーリゾートで販売されているキャラクターの著作権や版権ビジネスは、ウォルト・ディズニー・ジャパンが担当している。
シンボルはシンデレラ城である。
目次 |
開業の経緯
詳細は「オリエンタルランド」を参照
建設計画当時、ウォルト・ディズニープロダクションズ(当時、現:ウォルト・ディズニー・カンパニー。以下「ディズニー」)は、EPCOT Center(現EPCOT フロリダ州オーランド)の設計・建設のまっただ中で初の海外投資には消極的であり、リスクを軽減するために、ディズニーによる直接経営を避けた。そのため京成電鉄、三井不動産、朝日土地興業(当時、後に三井不動産に吸収合併)が主要株主であるOLCがディズニーとのライセンス契約のもと施設を所有運営し、ディズニー側がパークの設計をすると共に版権および運営の指導・クオリティー管理を行い、そのすべての費用をOLCが負担する方式をとった。1984年(昭和59年)にディズニーは企業買収騒動の末、経営陣が入れ替わるなどの「お家騒動」があったが、この方式は細かな見直しをのぞけば現在までほぼ一貫して同じである。 2006年(平成18年)現在、一番新しい香港ディズニーランド・リゾートを含め世界で5つあるディズニーのテーマリゾートのうち、運営会社にディズニーが全く出資していないのはTDLのあるTDRを運営しているOLCだけである。
ディズニーパークの設計を行う専門組織であるWED Enterprises(現 Walt Disney Imagineering)は当時その多くのリソースをEPCOT Center (現 Epcot )に投入していたためTDLのオープン当初のパーク施設のデザインはそのほとんどが米国に既に存在した二つのディズニーパークからの複製であった。 特にフロリダ州オーランドのウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート内にあるマジック・キングダム・パークから多くの影響を受けており、世界に4つある「ディズニーランド」と名の付くディズニーパークのうち、TDL以外の3パークはすべて「眠れる森の美女の城」をシンボルにしているが、TDLでは、マジック・キングダム・パークと同じ「シンデレラ城」をシンボルとしている。
TDLの建設時、ディズニー側にあったアトラクション等の設計図面は現場での度重なる変更を完全には反映しておらず、米国のパークに現存する施設との不一致が多数確認された。より米国のオリジナルのパークに忠実な施設を日本に再現するため、日本側のスタッフが何度も米国に赴いて実測図を作成し、それを基に新たな設計図面が起こされた。
それらの図面類は日本の建築基準法やディズニーの機密保持等の関係もあり、TDL内にある「ドキュメントコントロールセンター」と呼ばれる部署で集中管理され、施設改修時には随時最新版に差し替えられ、「ここの図面があればTDLをもう一つ作ることができる」と言われるように、すべての図面類をここで保管している。なお、世界のディズニーパークでこのような形で図面を集中管理するようになったのはTDLが初めてである。
建設候補地
建設候補地は浦安市舞浜の他、清水市(現・静岡市清水区)、御殿場市、横浜市、川崎市、我孫子市、ひたちなか市などがあったが、東京都心に近い立地の良さからディズニー側はかなり早い段階から舞浜に決めていた。しかし誘致合戦でOLCからより良い条件を引き出すため最後まで清水市と舞浜の二カ所を候補地として残した。最終的にディズニー首脳陣は日本の象徴である富士山が常に見える場所では人工物が引き立たなくなってしまうと言う表向きの理由を付けて清水市を除外した。なお横浜は埋め立てで場所をとると工業地帯の用地不足になるとのことから早い段階で候補から外された。
沿革
肩書きは全て当時のもの。
- 1974年(昭和49年)12月 - テイタム会長、ウォーカー社長ら来日
- 1977年(昭和52年)3月 - 正式名称「東京ディズニーランド」と決定
- 1979年(昭和54年)4月 - ウォルト・ディズニー・プロダクションズ(当時)と最終契約
- 1980年(昭和55年)12月3日 - 起工式、土木・植栽工事が開始
- 1981年(昭和56年)4月 - 建設工事が開始、浦安町が「浦安市」に(市制施行)
- 10月 - 参加企業15社が決定
- 1982年(昭和57年)4月 - アトラクション据え付け工事が開始
- 1983年(昭和58年)1月 - キャスト(従業員)研修が開始
- 1984年(昭和59年)2月6日 - 「1983年 日経・年間優秀製品賞」最優秀賞のうち、「日本経済新聞社賞」を受賞
- 4月2日 - 1,000万人目のゲストが来園
- 4月15日 - プラザテラスに開園1周年記念碑を設置。開園1周年記念式典が開かれる。
- 1985年(昭和60年)1月17日 - 「マジック・ジャーニー」オープン(1986年(昭和61年)12月クローズ)
- 1986年(昭和61年)3月8日 - 「アリスのティーパーティー」オープン
- 5月17日 - 「アメリカン・ジャーニー・サークルビジョン360」オープン(「マジックカーペット世界一周」フィルム交換)(1992年(平成4年)8月クローズ)
- 7月1日 - 「シンデレラ城ミステリーツアー」オープン(2006年(平成18年)4月5日クローズ)
- 1987年(昭和62年)3月20日 - 「キャプテンEO」オープン(「マジック・ジャーニー」フィルム交換)(1996年(平成8年)9月1日クローズ)
- 7月4日 - 「ビッグサンダー・マウンテン」オープン
- 1988年(昭和63年)4月15日 - 開園5周年、「ショーベース2000」オープン(2000年(平成12年)7月19日に「ショーベース」に名称変更)。年間パスポートの販売・利用開始[1]。
- 1989年(平成元年)7月12日 - 「スター・ツアーズ」オープン
- 12月25日 - 7,777万7,777人目のゲストが来園
- 1990年(平成2年)2月19日 - 「東京ディズニーランド・ティーチャーセンター」オープン
- 1991年(平成3年)5月29日 - 1億人目のゲストが来園
- 1992年(平成4年)10月1日 - 「クリッターカントリー」、「スプラッシュ・マウンテン」オープン
- 1993年(平成5年)4月15日 - 開園10周年、「ビジョナリアム」、「ディズニーギャラリー」オープン
- 7月21日 - 「スイスファミリー・ツリーハウス」オープン
- 1996年(平成8年)4月15日 - 「トゥーンタウン」一般公開
- 1997年(平成9年)4月15日 - 「ミクロアドベンチャー!」オープン
- 7月25日 - 2億人目のゲストが来園
- 1998年(平成10年)4月15日 - 開園15周年
- 1999年(平成11年)4月1日 - 駐車場料金改定(普通車:1,500円→1,700円に値上げ)
- 2000年(平成12年)1月1日 - OLCが「リゾート宣言」を発表、「東京ディズニーリゾート」が正式にスタート、初代「東京ディズニーリゾート・アンバサダー」が就任
- 9月1日 - 「プーさんのハニーハント」オープン、パスポート料金(入園料)改定
- 2001年(平成13年)2月21日 - 駐車場料金改定(普通車:1,700円→2,000円に値上げ)
- 4月1日 - 入園券、アトラクション券が廃止
- 2002年(平成14年)6月30日 - 「ミート・ザ・ワールド」クローズ
- 2003年(平成15年)4月15日 - 開園20周年
- 2004年(平成16年)4月15日 - 「バズ・ライトイヤーのアストロブラスター」オープン
- 2006年(平成18年)4月5日 - 「シンデレラ城ミステリーツアー」クローズ
- 5月9日 - OLCがTDLとTDSのパスポート料金(入園料)を一部改定すると発表
- 9月1日 - パスポート料金改定を実施。(詳細については、東京ディズニーリゾートのパスポートを参照のこと。)
- 10月6日 - 「トゥーンタウン・ベビーセンター」がオープン。
- 10月27日 - リゾートパーキング第7、立体駐車場がオープン。
- 11月1日 - TDL、TDS合わせて4億人目のゲストが来園(4億人目のゲストは東京ディズニーシーへ来園)
- 2007年(平成19年)4月28日 - 「スペース・マウンテン」リニューアル・オープン
- 2008年(平成20年)4月15日 - 東京ディズニーリゾート25thアニバーサリースタート
- 7月8日 - 東京ディズニーランドホテル開業
- 7月25日 - 「魅惑のチキルーム:スティッチ・プレゼンツ “アロハ・エ・コモ・マイ!”」リニューアル・オープン
- 2009年(平成21年)4月14日 - 「ジョリートロリー」クローズ
- 4月15日 - 「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」オープン
- 5月25日 - 「ミッキーマウス・レビュー」クローズ
- 2010年(平成22年) - 「グーフィーのはずむ家」クローズ
- 5月1日 - 「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」リニューアル・オープン
- 6月1日 - この日放送のアニメ「スティッチ!~いたずらエイリアンの大冒険~」で、アニメ作品としては初めて東京ディズニーランドが登場
- 7月1日 - 「キャプテンEO」再オープン。
- 8月27日- TDL、TDSを合わせて5億人目のゲストが来園(5億人目のゲストは東京ディズニーランドへ来園)
- 2011年(平成23年)1月24日 - 「ミッキーのフィルハーマジック」オープン
- 3月12日 - 3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の影響で、東京ディズニーシーと共に設備の緊急点検のためこの日の営業を休止
- 3月18日 - 3月11日発生の地震による建物や施設への損傷は軽微であったが東京電力管内の電力不足を受けて営業再開時期は未定と発表[2]。その後、4月15日に運営時間短縮で再開した[3]。また新規キャストの募集を暫時中止。
- 4月15日 - 「シンデレラのフェアリーテイル・ホール」オープン
- 4月23日 - 夜間営業再開[4]
- 5月9日 - 雨天時ナイトパレード「ナイトフォール・グロウ」開始[5]
- 7月 - 「カントリーベア・シアター」で1993年から開催されているバケーション・ジャンボリーは中止。
- 7月1日 - 「キャプテンEO」正式アトラクションへ。当初は1年間の期間限定オープンだったが、人気が出た為正式にレギュラーアトラクションとして続行。この為「ミクロアドベンチャー!」クローズ。
- 7月8日 - 「東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード・ドリームライツ」2度目のリニューアル
- 9月4日 - 「ディズニーマジック・イン・ザ・スカイ」再開
- 2012年(平成24年) 1月9日 - 「ステラ・スウィート」クローズ
- 4月2日 - 「スター・ツアーズ」クローズ
- 4月28日 - 2年ぶりに「カントリーベア・シアター バケーション・ジャンボリー」公演スタート。
- 8月24日 - 「グーフィーのペイント&プレイハウス」オープン予定
- 2013年(平成25年) 4月15日 - 「東京ディズニーリゾート 30 周年“ザ・ハピネス・イヤー”」開催予定
- 4月15日 - 新パレード「ハピネス・イズ・ヒア」スタート予定
- 春 - 「スター・ツアーズ:ザ・アドベンチャーズ・コンティニュー」オープン予定
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- ^ “開園5周年を迎え、年間パスポート発売 東京ディズニーランド” (日本語). 朝日新聞朝刊 (朝日新聞社): p. p.30. (1988年2月28日)
- ^ “3月18日時点における「東北地方太平洋沖地震」の影響に関するお知らせ (PDF)”. オリエンタルランド (2011年3月18日). 2011年4月15日閲覧。
- ^ “ミッキーに会えた! ディズニーランド1ヶ月ぶり再開”. 朝日新聞. (2011年4月15日) 2011年4月15日閲覧。
- ^ http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/04/20110420_03.pdf
- ^ 同日より東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード・ドリームライツがリニューアルにより休演する予定の為、7月7日までは雨天時に限らず公演予定
- ^ ミニ番組『夢の通り道』にて、マセリーンを取り上げたことが数回あるが、いずれもワールドバザールのモデルとして紹介している。
- ^ a b c 古川更子「東京ディズニーランド事故白書」『文藝春秋』1990年12月号
- ^ 事故翌日の朝日新聞・毎日新聞朝刊にも報道記事あり。こちらでは幼児の年齢が4歳となっている。またこの件は粟田房穂・高成田享著『ディズニーランドの経済学』においても触れられている
- ^ 朝日新聞社会部 『それからの時』 朝日新聞社、1992年、13-14頁。ISBN 9784022565389。
- ^ “賞味期限切れチーズ使用に関するお知らせ (PDF)”. オリエンタルランド (2007年1月19日). 2010年3月18日閲覧。
- ^ 本日の地震の影響による明日のパーク運営について (PDF)
- ^ 3月13日以降のパーク運営について (PDF)
- ^ 3月14日時点における「東北地方太平洋沖地震」の影響に関するお知らせ (PDF)
- ^ “「東京ディズニーランド®」の運営再開について (PDF)”. オリエンタルランド (2011年4月12日). 2011年4月15日閲覧。
- ^ 東京ディズニーランド社内誌「Tokyo Disneyland LINE」開園10周年記念要約版
- 1 東京ディズニーランドの概要
- 2 チケット・入場料金
- 3 アトラクションとエンターテイメント
- 4 アクセス
- 5 オフィシャルスポンサー
- 6 関連項目