「篆書」を解説文に含む見出し語の検索結果(61~70/1766件中)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/07 08:47 UTC 版)「嘉量銘」の記事における「書風」の解説書風は純粋な篆書体ではなく、小篆の縦に細長い辞界を...
読み方:なかむら らんたい篆刻家。東京生。本名は秋作、字は子実。父について篆刻を学び、一家を成す。篆書・文人画を能くする。日展評議員として尽力し、昭和36年篆刻界初の芸術院賞を受く。昭和44年(196...
読み方:なかむら らんたい篆刻家。東京生。本名は秋作、字は子実。父について篆刻を学び、一家を成す。篆書・文人画を能くする。日展評議員として尽力し、昭和36年篆刻界初の芸術院賞を受く。昭和44年(196...
明代の書家。福建省永春生。字は伯東、別号に還素・鵬池先生等。万暦11年(1583)の進士。篆書・隷書等を好んで書いた。また山水画も巧みにした。著書に『天風堂集』がある。
清代の書家。福建省の人。順治17年(1660)生れ。林在義の父。字は吉人、号に紫微内史、鹿原、麓原子。篆書、隷書、楷書、篆刻を能くする。康熙51年進士となり、のち内閣中書となる。
清代末期の篆書・篆刻家。江蘇常州の人。初名は学潮、字は子淵、号に淵若。光緒18年(1892)進士となる。書法は顔真卿を模した。民国4年(大正4・1915)歿。
読み方:とう せきじょ清代の篆刻家。安徽省生。字は頑伯、完白山人と号する。碑学派や鄧派の祖。その篆書は神品であると称された。嘉慶9年(1805・文化2)歿、67才(一説に63才)。
読み方:とう せきじょ清代の篆刻家。安徽省生。字は頑伯、完白山人と号する。碑学派や鄧派の祖。その篆書は神品であると称された。嘉慶9年(1805・文化2)歿、67才(一説に63才)。
読み方:みついしんな[1700〜1782]江戸中期の書家。信濃または江戸の人という。細井広沢に師事。篆書(てんしょ)をよくし、寺社の額などで人気を博した。また、弓馬にもすぐれた。→親和染...
読み方:みついしんな[1700〜1782]江戸中期の書家。信濃または江戸の人という。細井広沢に師事。篆書(てんしょ)をよくし、寺社の額などで人気を博した。また、弓馬にもすぐれた。→親和染...