津久井磯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/14 02:06 UTC 版)
津久井 磯(つくい いそ、1829年〈文政12年〉[1][2] - 1910年〈明治44年〉[1])は、日本の産婆(助産師)。群馬県前橋で産婆として活躍した後、群馬産婆会の初代会長を務め、産婆講習所の設立により後進の育成にも貢献した。正規の教育を受けて資格を得た助産師の源流に位置する[3]。助産業の先駆者であり、日本の先駆者[1]、職業婦人としての先駆者との声もある[4]。日本第3の公許女医である高橋瑞子の師としても知られる[1]。別名は津久井 磯子[5][6]。
- ^ a b c d e 西条 2009, pp. 44–45
- ^ a b 佐々木 2009, pp. 5–6
- ^ a b c 西条 2009, pp. 47–48
- ^ 佐々木 2009, p. 9-10.
- ^ a b c 小滝 1995, p. 107
- ^ a b 佐藤 & 円地 1981, p. 22
- ^ 佐々木 2009, p. 2.
- ^ a b c d e f g h i 西条 2009, pp. 48–50
- ^ a b c 広報まえばし 1990, p. 12
- ^ a b 小滝 1995, pp. 108–109
- ^ a b c 石原 2012, p. 141
- ^ a b c 佐々木 2009, pp. 6–7
- ^ a b c 佐々木 2009, pp. 8–9
- ^ 田中惣五郎、三井礼子 著、上笙一郎、山崎朋子編纂 編『日本女性史叢書』 第23巻(復刻版)、クレス出版、2008年12月25日、83頁。 NCID BA88441172。
- ^ 佐藤 & 円地 1981, p. 47.
- ^ a b 西条 2009, p. 130
- ^ 西条 2009, pp. 45–46.
- ^ a b c d 西条 2009, p. 50
- ^ 小滝 1995, p. 115.
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