永松健夫とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 永松健夫の意味・解説 

永松健夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/02 20:04 UTC 版)

永松 健夫
本名 永松 武雄
生誕 (1912-03-01) 1912年3月1日
日本大分県
死没 (1961-11-17) 1961年11月17日(49歳没)
職業 紙芝居作家・絵物語作家
代表作黄金バット
『アトム騎士』
テンプレートを表示

永松 健夫(ながまつ たけお、本名永松 武雄1912年明治45年〉3月1日 - 1961年昭和36年〉11月17日)は、日本紙芝居作家、絵物語作家。『黄金バット』の造形を生み出したことで有名。

来歴

大分県出身。戦前は紙芝居作家として活動し、1930年(昭和5年)、鈴木一郎脚本の紙芝居『黒バット』内で初めて黄金バットの絵を描く。戦後には主に少年雑誌向けの絵物語を執筆。田代寛哉(田代かんや)の妹と結婚する。この結婚で、のちの人形劇団プーク代表曽根喜一(小曽根喜一)の妻で作家の田代巴(田代ともえ)が義理の妹になる[1]1961年(昭和36年)、胃癌で死去。

エピソード

上京後は足立区島根町に暮らし、北野家の近所だったと、北野大が自伝に記している。

主な作品

大村崑オロナミンCホーロー看板にも黄金バット

関連項目

脚注

  1. ^ 曽根喜一『戦後人形劇風雲録』晩成書房、1998年、p.103-104



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「永松健夫」の関連用語

永松健夫のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



永松健夫のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの永松健夫 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS