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松本孝弘
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/09 09:37 UTC 版)
| 松本孝弘 | |
|---|---|
ハリウッド・ロック・ウォークにて
稲葉浩志(左)と松本孝弘(右) |
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| 基本情報 | |
| 別名 | TAK MATSUMOTO TAK 松ちゃん |
| 出生 | 1961年3月27日(50歳) |
| 血液型 | O型 |
| 学歴 | 錦城高等学校 ミューズ音楽院 |
| 出身地 | |
| ジャンル | ロック ハードロック ブルースロック ヘヴィメタル J-POP |
| 職業 | ギタリスト 作曲家 音楽プロデューサー |
| 担当楽器 | ギター |
| 活動期間 | 1981年 - 現在 |
| レーベル | VERMILLION RECORDS |
| 事務所 | ビーイング |
| 共同作業者 | 稲葉浩志(B'z) |
| 影響 | ザ・ビートルズ リッチー・ブラックモア マイケル・シェンカー[1] ゲイリー・ムーア スティーブ・ルカサー ディープ・パープル レッド・ツェッペリン モトリー・クルー ラリー・カールトンなど |
| 公式サイト | B'z Official Web Site |
| 著名使用楽器 | |
| ギブソン・レスポール ギブソン・Tak Matsumotoシグネチャーモデルシリーズ フェンダー・ストラトキャスター ヤマハ・MG-M |
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松本 孝弘(まつもと たかひろ、1961年3月27日 - )は、音楽ユニット・B'zのギタリスト、作曲家である。
目次 |
来歴
- 高校入学と共に、ギターを始める。ハンドボール部に所属していたが、幽霊部員だった。また、軽音楽部を立ち上げ、「スーパーイマージュ」というバンドを組んでいた。
- 1981年 - 高校卒業後、ミューズ専門学校に進む。音楽理論は苦手だったがギターの技能は当時から高く、当時の講師にプロでやっていったほうがいいと言われ、中退。音楽事務所・ビーイングに所属し、プロとしての活動を開始。下積みとしてセッションギタリストや、多数のアーティストのスタジオ・ミュージシャンとしてプロ活動をスタート、主にビーイング系の女性ロックアーティストのレコーディングを中心に活動。
- 1984年 - 浜田麻里のレコーディングに参加。杉本誘里、早川めぐみに曲を提供、レコーディングにも参加。
- 1985年 - TM NETWORKのレコーディングに参加。のちにTM NETWORKからツアーサポートのオファーを受ける。並行して浜田麻里のレコーディングやツアーに参加する。
- 1988年 - ヤマハから、松本の名前を冠したギター、MG-Mのプロトタイプが製作される。後に、幾多のマイナーチェンジを挟み、一般販売される。1995年頃までMG-Mを使用する。
- 1988年5月21日 - メルダックより、1stアルバム『Thousand Wave』をリリースする。
- 1988年9月21日 - ボーカリストの稲葉浩志と音楽ユニット「B'z」(メンバーはバンドと主張することが多い)としてBMGビクターよりデビューし、現在に至る。B'zでは「孤独にDance in vain」以外全ての全ての楽曲を作曲。並行して、女性歌手等のレコーディングに参加する。
- 1989年8月30日 - TM NETWORKのサポートを『TM NETWORK CAROL TOUR FINAL CAMP FANKS!! '89』をもって終了する。
- 1991年9月25日 - 1stシングル「'88〜Love Story」をリリースする。
- 1992年3月18日 - 2ndシングル「#1090 〜Thousand Dreams〜」をリリースする。この作品より、B'zと同じBMGビクターより発売になる。表題曲はテレビ朝日系の音楽番組「ミュージックステーション」の3代目テーマソングとして起用された。
- 1992年4月22日 - 2ndアルバム『Wanna Go Home』をリリースする。
- 1994年 - 自らのアルファベット表記に「TAK」(タック)を使用し始める。名付け親は、ギタリストのスティーヴィー・サラス。
- 1996年5月15日 - ソロ・プロジェクトとして、洋楽カバーアルバム『Rock'n Roll Standard Club』をリリース。同時に、ライブハウスツアーも実施。宇都宮隆に曲を提供する。
- 1997年~1998年 - 七緒香のシングル3枚、アルバム1枚分の曲を提供し、すべてにギター参加する。
- 1999年 - 3rdシングル「THE CHANGING」をリリースする。全曲の作曲、ギターに加え、作詞、ボーカルにも挑戦している。
- 1999年4月2日 - 「松本孝弘のONE FOR THE ROAD」(ニッポン放送)がスタートする。
- 1999年4月14日 - 3rdアルバム『KNOCKIN'“T”AROUND』をリリースする。3rdシングルに続き、今回も全曲の作曲とギターに加え、作詞とボーカルにも挑戦している。
- 1999年5月7日 - 「松本孝弘ソロ・プロジェクト〜B'zへの挑戦〜」(NHK-BS2)放送。
- 1999年 - ギブソン社から、松本の名前を冠したCanary Yellowのレスポールのシグネチャーモデルが発売される。
- 1999年 - スティーヴ・ヴァイ のアルバム『ウルトラ・ゾーン(The Ultra Zone)』の「ASIAN SKY」で、ギター参加。
- 2001年 - ギブソン社からのシグネチャーモデル、TAK Burstが発売。
- 2002年2月27日 - 4thアルバム『DRAGON FROM THE WEST』、 5thアルバム『華』を同時リリース。
- 2003年11月26日 - 「TAK MATSUMOTO」名義のソロ・プロジェクトとして、邦楽カバーアルバム『THE HIT PARADE』をリリース。'70〜'80年代の邦楽をカバー。
- 2004年 - B'zとしての活動を休止し、ソロ・プロジェクトTMG(Tak Matsumoto Group(タック・マツモト・グループ))を結成する。MR.BIGのエリック・マーティン等、コラボレーションメンバーを迎え活動。TMGのライブツアーも実施された。
- 2004年7月17・18・20日 - 松本と東京都交響楽団によるコラボレーション・ライブ『都響スペシャル Collaboration 2004 松本孝弘「華」』を公演。
- 2004年11月24日 - ギタリストの発掘を目的としたレーベルHouse Of Strings(ハウス・オブ・ストリングス)を立ち上げる。
- 2005年 - ギブソン社から、3作目のシグネチャーモデルが発売。
- 2006年 - KAT-TUNのデビューシングル「Real Face」を作曲(作詞はスガシカオ、編曲はCHOKKAKU)。松本にとって初の年間シングルセールスチャート第1位作品となり、この年唯一のミリオンセラーとなった。
- 2008年12月20日 - ギブソン社から、次世代ギターDark Fireを贈呈される。
- 2010年6月2日 - ラリー・カールトンと共演し、Larry Carlton & Tak Matsumoto名義でインストゥルメンタルアルバム『TAKE YOUR PICK』をリリース。6月12日からライブツアー「Larry Carlton & Tak Matsumoto LIVE 2010 "TAKE YOUR PICK"」を開催。
- 2011年2月14日 - 第53回グラミー賞にて、『TAKE YOUR PICK』が「最優秀インストゥルメンタル・ポップ・アルバム」部門受賞。
人物
演奏技術
ギターの演奏技術が高く評価され、1999年から、日本人ギタリストで初めてギブソンから彼の名前を冠した、レスポールのシグネチャモデルが発売されている。ちなみに、このレスポールのシグネチャモデルを供給されたのは、世界でもジミー・ペイジ、ジョー・ペリー、エース・フレーリー、スラッシュ、ザック・ワイルド、ゲイリー・ムーアのみ(2011年現在)であり、松本はアジアで初、世界では5番目のシグネチャープレイヤーとなる。
多くのギタリストを初め、B'zのサポートメンバーも務めているベーシストのバリー・スパークスは、ギタリストとしての松本について「すごくホットなプレイを弾いているときも、頭の中は常にクールだということかな。イングヴェイはまるで風船が破裂したみたいに弾きまくるけど、TAKはリズムならリズム、リードならリードをきっちり弾きこむ方だ。しかも毎晩ベスト・コンディションを保ち続ける、真のプロフェッショナルだよ。彼のプレイからはマイケル・シェンカーやリッチー・ブラックモアの影響が聴こえてくるけど、彼らよりずっとタイトなギタリストだと思うね。彼がかつてスタジオ・ミュージシャンだったことも、その理由のひとつかもしれない」と述べている。
演奏スタイル
松本のギター演奏において最も特徴的なのは、個性的なギターソロの音色(=トーン)であり、マーティ・フリードマンは自身の著書にてギターの音を聞いただけで誰が弾いているかわかる日本の個性派ギターリストとして布袋寅泰、Charと共に松本の名を挙げている。[2]
初期にはよく「ワウペダルを中間で止めたような」「マイケル・シェンカーのような」トーン、と自らの音作りを形容していた。自身のギターのトーンにおいて、TMG結成時の松本のインタビューで、松本はメンバーとのとあるやり取りを「今回のジャックにしてもエリックにしても今まですごいギターヒーローたちと一緒に仕事をしてきてるじゃないですか。やっぱり音色のことは言いますよね。僕のプレイ、たとえば"速弾きがすごいね"なんて誰も言わない。もうねスーパープレイを目の当たりにしてきてる人たちだからね、"TAKはトーンだよ"ってみんな言う。それは最高の褒め言葉だと思ってますよ」と語っている。[3]
作曲
生み出す楽曲は、メロウなバラード、ポップなものからハードな楽曲、はたまたブルースまで幅広い。叙情的でメロディアスな楽曲が多い。また、アジア特有の音階を用いたオリエンタルなメロディの楽曲も多く作っており、ソロ作品「Thousand Wave」、「華」やB'zの「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」等にも見られる。また、B'z初期の作品には、ヘヴィメタル調の速い曲も多かったが、ブレイク以後はハードロック的な音楽性へと傾倒し、現在に至る。
その他
- 血液型はO型だが、30歳を超えて人間ドックへ行くまで、自身はA型だと思い込んでいた。そのため、初期のバイオグラフィではA型と記されているものが多い。
- 99年以降ギブソンからシグネチャーモデルが提供されて以来、公の場では同社製品を使用してる姿を見ることが多いが、レコーディングなどではそれ以外のギターも使用している。
- 高校時代に組んでいたアマチュアバンド「スーパーイマージュ」でテレビ東京の「ロックおもしロック」に出演したこともあり、「テレビ局の倉庫に行けば、まだ映像残ってるんじゃないかな」と述べている。
- 声楽をやっていた父とクラシック愛好家の母という家庭環境だったため、家の中では常にクラシック、テレビの音楽番組はなかなか見せてくれないという少年時代だったという。また、一時期エレクトーンを習わされていた時期もあったという。
- 初めて買ったギターは、GRECOのレスポールモデル。ギターを手にしてからは「絶対にプロになる」と決意したという。当時憧れていたのはジミー・ペイジやリッチー・ブラックモアだが、よくコピーしたのはマイケル・シェンカー、後にはスティーブ・ルカサーが多く、ルカサーについてはセッションマンとしての参加作品についてもフォローするほどに入れ込んでいた[4]。
- 高校卒業後は英語の専門学校に入学したが、車の免許を取得してからは、興味がギターから車に移ってしまった時期があった。その後、バイト先(楽器屋)の先輩から忠告されてからはジャズの専門学校に入学、コード進行など音楽の基礎理論を一から学び直し、松本によるとこの時の勉強は今でも役に立っているとのこと。
- 嫌いな食べ物は山菜。
- 2007年ごろから、テレビ出演時には一貫してサングラスを着用している。(B'z以外の活動時のテレビ出演、NHKへの出演時、グラミー賞受賞時はサングラスをはずしている。ライブの時も着用しているがはずしている時もある。)後、2000年前後を除いて長髪のため、長髪とサングラスがトレードマークとなっている。
- 両腕にタトゥーを入れている。
- 近年、ゴルフを始めたがあまり上達しないのが悩みだという[5]。
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- ^ 『Be with! volume050』B'z PARTY、2001年。
- ^ サムライ音楽論 マーティフリードマン 日経BP社
- ^ 『B'z ミラクルクロニクル』ソニー・マガジンズ、2008年。ISBN 978-4-7897-3328-1
- ^ バンドスコア B’z/IN THE LIFE リットーミュージック刊
- ^ ローリング・ストーン 2009年12月号 巻頭特集「誰も知らないB'z」
- ^ GiGS (ギグス) 2008年 01月号 シンコーミュージック・エンタテイメント ASIN B000YGNFZM
固有名詞の分類
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