アルナ車両とは?

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アルナ車両

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/12/27 06:00 UTC 版)

アルナ車両株式会社
ALNA SHARYO CO., LTD.
種類 株式会社
略称 アルナ、ALNA
本社所在地 Flag of Japan.svg 日本
〒566-0013
大阪府摂津市阪急正雀1番2号
電話番号 06-6383-1811
設立 2001年12月
業種 輸送用機器
事業内容 鉄道車両の製造、整備
資本金 2,000万円
売上高 28億9,400万円(2005年3月期)
従業員数 90名
主要株主 阪急阪神ホールディングス(100%出資、同社の連結子会社)
特記事項:1947年ナニワ工機として創業、2002年に事業別分社化および鉄道線向け車両製造事業を廃止し、アルナ工機が清算会社となる。アルナ輸送機用品アルナ矢野特車は後に阪急東宝グループから離脱。
  

アルナ車両株式会社(アルナしゃりょう、英称ALNA SHARYO CO., LTD.)は、軌道線向け車両製造会社。路面電車の国内トップメーカーとして高いシェアを誇っている。阪急阪神ホールディングス(旧阪急電鉄)の連結子会社で、阪急阪神東宝グループに属する。

2001年12月に設立後、2002年4月1日に旧アルナ工機株式会社から軌道線向け車両製造・保守事業と鉄道線向け車両保守事業を会社分割(吸収分割)により承継した。本項目ではアルナ工機株式会社についても説明する。










目次

前身(アルナ工機株式会社)

概要

東京都電5500形
(ナニワ工機製の車体)
阪急電鉄8000系電車
アルナ工機製の車両に取り付けられている製造所銘板
アルナ工機製の小型冷凍バンボデーを架装した三菱・デリカ

1947年(昭和22年)、阪急電鉄の創始者である小林一三らにより、戦争復員技術者の雇用確保を図るべく、関西地盤の大手私鉄・京阪神急行電鉄(後の阪急電鉄)の子会社としてナニワ工機株式会社が設立され、鉄軌道車両の製造を手がけた。社名の「ナニワ工機」は、創業当時の本社所在地の住所表記が「兵庫県尼崎市北難波(きたなにわ)」であったことに由来してつけられたとされる。

ナニワ工機は阪急電鉄をはじめ、東京に進出した小林一三と親密な関係にあった初代根津嘉一郎の率いた東武鉄道に、後年に至るまで多くの納入実績を持ったほか、特に路面電車車両の製造において実績があった。また東京都交通局大阪市交通局とも長期的な取引があった。

1948年(昭和23年)、製造第一号車両となる阪急550形が完成。以後、1997年(平成9年)製造の8000系8040番台に至るまでの阪急電鉄の全車両を製造した。

東武鉄道向けの最初の車両は、1951年(昭和26年)製造の5700系5710番台で、後のアルナ工機で製造された最後の通勤形電車となった30000系まで、数多くの車両を製造した。

国鉄 (JR) 向けには1950年代頃に富士車輌・川崎車輌とグループを組んでヨ3500形やワム90000形などの貨車を製造していたが、旅客車を製造した実績はない。

ナニワ工機時代、1954年製造の京阪神急行電鉄1000形を皮切りに準張殻構造の軽量車体を開発、親会社である京阪神急行電鉄向けの他、奈良電気鉄道デハボ1200・1350形電車(後の近鉄680系電車)、栗原電鉄M15・C15形、下津井電鉄モハ102・クハ22と普通鋼製ながら極めて軽量の車体を備える車両を地方私鉄向けに相次いで設計・製造した。

その他にも東京都交通局5500形大阪市交通局3001形といった俗に和製PCC車と呼ばれる高性能路面電車の製造に参加し、トロリーバス向け車体の設計技術を応用した呉市交通局1000形(後の伊予鉄道モハ50形1001 - 1003)をはじめとする超軽量車を各社に供給するなど、路面電車製造の実績が大きく、これは後のアルナ工機解散→アルナ車両の設立に際しても経営方針に大きな影響を及ぼすこととなる。

1950年代、軽量・堅牢な構造の鉄道車両、船舶、建築用のアルミサッシ窓を開発し、発売を開始した。アルミニウムの接合にフラッシュバット溶接を日本で初めて採用した「NK式(ナニワ式)窓」の愛称を持つアルミサッシ窓は、当時の国鉄をはじめとする多くの事業者に好まれ、この分野で圧倒的な市場シェアを獲得した。

1960年頃からは住宅用建材の分野に参入。この頃から「アルミのニワ」を略した商標「アルナ」をアルミサッシのブランド名として使用した。建材部門の業績が好調であった1970(昭和45)年には、この商標を社名に取り入れてアルナ工機株式会社と改称し、その後も金属加工製品分野を中心に事業拡大を続けた。また、宝塚大劇場でフィナーレの際に出演者達がきらびやかな衣装で勢揃いする大階段も、かつては同社の製造であった。

しかし、1990年(平成2年)に不採算部門となった建材部門をトーヨーサッシ(現・トステム)に売却。加えて1990年代後半には阪急、東武の私鉄2大納入先が新造車両の発注を手控えたことなどから大幅な業績悪化に見舞われ、2001年(平成13年)度には債務超過状態にまで追い込まれた。

これを受け親会社の阪急電鉄は、同社の事業別分社化および路面電車を除く鉄道車両の製造事業から撤退することを決定。新たに設立された「アルナ車両」「アルナ輸送機用品」および「アルナバン」(現在の「アルナ矢野特車」)の3社に、2002年(平成14年)4月1日付で事業を引き継ぎ、アルナ工機は清算会社となった。その後、アルナ輸送機用品とアルナ矢野特車は、資本関係の変更があったことにより阪急東宝グループ(現在の阪急阪神東宝グループ)を離れている。

アルナ工機としての鉄道車両部門における最終製造車両は、黒部峡谷鉄道1000形客車。この車両は、1954年(昭和29年)に最初に製造されて以降、アルナ車両に事業が引き継がれた今日に至るまで長年にわたって度々製造されており、ナニワ工機、アルナ工機、アルナ車両と3代にわたって製造されている唯一の車両である。

鉄道線向け車両製造については、現在は日立製作所が事実上の受け皿となる形で阪急、東武両社に車両を納入している。

沿革

     岐阜工場竣工。金属製パネルドアを生産。
     養老工場(現・アルナ輸送機用品本社工場)竣工。車両用サッシの生産拠点となる。
  • 1971年 尼崎工場で冷凍・保冷バンボデーの生産を開始。
  • 1979年 バンボデーの生産拠点を尼崎工場から姉川工場に移転。
  • 1984年 岐阜工場・東京工場を閉鎖。
  • 1990年 建材部門をトーヨーサッシ(現・トステム)に譲渡。
  • 1995年 1月17日に尼崎工場及び関連施設が阪神・淡路大震災被災。従業員の犠牲や資材物流の停滞などの被害を受ける。
  • 2001年 超低床路面電車シリーズ「リトルダンサー」生産開始。
  • 2002年 事業別分社化および鉄道線向け車両製造事業を廃止。アルナ工機は清算会社となる。

アルナ車両

アルナ車両の製品「リトルダンサー」の一つである
鹿児島市交通局7000形電車

アルナ車両は、2001年12月にアルナ輸送機用品、アルナバン(現・アルナ矢野特車)と共にアルナ工機の車両部門の一部事業を継承する会社として設立された。設立当初、阪急電鉄などの車両の保守・更新工事に特化した企業となる予定であったが、路面電車製造で約8割のシェアを占めていたことから東京都交通局広島電鉄をはじめとする運行事業者からの車両生産存続の要望が強く、分社実施の直前に軌道線型電車に限定しての生産継続が決定された。発足当初は兵庫県尼崎市の旧アルナ工機尼崎工場内に事業所を置いていたが、阪急電鉄正雀工場内の現在地に新しい生産設備が2004年(平成16年)4月に完成すると同時に移転している。現在では、鉄道車両用の冷房装置、座席などの整備も手掛けている。

製品

超低床路面電車「リトルダンサー


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