アリストパネース
アリストパネス
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アリストパネス(古希: Ἀριστοφάνης, Aristophanēs, 紀元前446年頃 - 紀元前385年頃)は、古代アテナイの喜劇詩人、風刺詩人である。アリストファネス、あるいはアリストパネース、アリストファネースと長母音でも表記される。なお現在のギリシア語ではアリストファニスのように発音される。
出典
- ^ アガトーンの初優勝を祝う為に本人の邸宅にて催された宴という設定である。時に紀元前416年[1]。
- ^ この時点で夜が明けて翌朝になっていて、アリストデーモス自身は寝起きな上に、まだうとうとしていた事と、話の最初から立ち会っていなかった事から、話の大部分を憶えておらず、要点だけを掻い摘んで伝えたとしている[4]。
- ^ 「サイコロが投げ上げられている。危険を冒す行動に出てしまったということ。」[7]のことか。但し、これは存疑のあるフラグメントであるので、必ずしもアリストパネスの詩曲の一部だとは言い切れない。
- ^ アリストパネスと同時期に活躍した喜劇詩人エウポリスはその著『バプタイ』の中において、『騎士』はアリストパネスと自分との共作だと陳べている。それに対しアリストパネスは『雲』の中でエウポリスを剽窃者として嘲っている[8]。
- ^ 原典において役名は、デモステネスやニキアス同様、単に“下男”であり、区別をつけるためにそれぞれ甲・乙・丙と割り振られているだけであるが、便宜上解りやすくする為に下男・甲をデモステネス、下男・乙をニキアス、下男・丙をパプラゴニア人と表記したとしている[10][11]、またギリシア語で「パプラゴニア人」とは馬鹿で頓馬な人間の代名詞である[12]。
- ^ ロジャーズの英語訳に則して“パプラゴーン(PAPHLAGON)”とここでは表した[9]。他に松平千秋訳ではパプラゴニア人[注釈 5]山田恒人訳ではパファルゴニア人[13]となっている。
- ^ クレオンに擬した登場人物であるパプラゴーン[注釈 6]役の俳優が報復を恐れ演じるのを拒否した為、アリストパネス自身がその役を演じたとされている[14][15]。
- ^ 競演時の詩曲は断片のみ現存している[16]。第三位(つまり最下位だった)と評価が低かたことから、アリストパネスは再び『雲』を上演して見物を非難しなければならないと考えた。しかし書き改めに取り掛かったものの、さらに酷い「失敗」に出会ったので、改訂した劇を世に問うことを中止してしまった[17][18]。それは紀元前418年乃至紀元前417年に近いものと思われる。ただ、この書き改めは折に触れ行われたらしく、結果前後矛盾などが生じる事となった[19]。現存しているのはこの書き改められた第2稿である。
- ^ スーダ辞典及びヒュポテシスなどに現存しているテクストには無い『平和』からの引用や解説が見られ、それは上演されたとされている。また、ラヴェンナ本及びヴェネチア本と呼ばれる重要な写本についている解説においても第二の『平和』の存在が言及されてはいる。そして現に第二の『平和』とされるフラグメントも現存している。しかし、それらの引用者はいずれも第二の『平和』には言及せず、単に『平和』からの引用としている上に、これらの引用は誤記や他の詩曲の題名の脱落などによる誤写に起因するものとも考えられる。フラグメントが現存しているが故に第二の『平和』の存在は否定し得ないが、さりとてこの詩曲はB.C.421年に上演してこそ意味のある物であり、再上演が実際に行われたのかについては疑念を持たざるを得ない。その為現存しているテクストを第1稿と看做す事には疑義や躊躇いはあるものの、他方再上演の如何に関わらず第二の『平和』が第一の『平和』を大幅に改作した物であると看てこれに鑑み、フラグメントとして現存している作品を第2稿とすることもまた可能と言える。[20][21][22]。
- ^ 2人のアテネ人が地上に愛想をつかして鳥を集め、空中に城を築いて「鳥の王国」(Cloud cuckoo land)をつくる…。
- ^ 同じ『テスモポリア祭を営む女たち』と題するフラグメントが現存している。しかしこちらは『テスモポリア祭を祝った女たち』なる別題が示す通り続編に当たる。テスモポリア祭が舞台である事については双方同じだが、『営む女たち』がその二日目、『祝った女たち』その三日目を主題としており[23][24]、それ故第1稿第2稿の区別はできない。
- ^ 現存しているのは再上演(紀元前405年乃至紀元前404年)に合わせて書き改められた第2稿である。但し写本間で一部に齟齬がある[25][26]。
- ^ 紀元前408年にも『福の神』を競演している。しかし、僅か八片の短い断片が現存しているのみならず、内四片はその真偽が疑われてさえいる。それが為に紀元前388年に競演された『福の神』との関係性が不明であり(再演のために書き直された作品なのか、又は全く異なる作品なのか)、それ故第1稿第2稿の区別はできない[27]。
- ^ 森、新潮、2006年、p.6 参照
- ^ 森、新潮、2006年、p.46~47(185C-E)、199~202 参照
- ^ 森、新潮、2006年、p.57~70 参照
- ^ 森、新潮、2006年、p.161 参照
- ^ 森、新潮、2006年、p.161~162 参照及び引用
- ^ 森、新潮、2006年、p.162 参照
- ^ 全集4、岩波、2009年、p.420 参照
- ^ 高津、1957年、p.44、130訳註 参照
- ^ Rogers、Harverd、1924年
- ^ 全集1『騎士』、人文、1961年
- ^ 劇集『騎士』、新潮、1963年
- ^ 高津、1957年、p.131訳註 参照
- ^ ホジャート、平凡社、1970年、p.57 参照
- ^ 全集1『騎士』、人文、1961年、p.206 参照
- ^ ホジャート、平凡社、1970年、p.58 参照
- ^ 全集4、岩波、2009年、p.331~333 参照
- ^ 全集4、岩波、2009年、p.331 参照
- ^ 高津、1957年、p.151 参照
- ^ 高津、1957年、p.151~159 参照
- ^ 高津、1956年、p.10~11 参照
- ^ 全集2、岩波、2008年、p.200~203 参照
- ^ 全集4、岩波、2009年、p.311 参照
- ^ 呉、1975年、p.141 参照
- ^ 全集4、岩波、2009年、p.317~324 参照
- ^ 高津、1950年、p.179~180訳註、p.183 参照
- ^ 全集3、岩波、2008年、p.380 参照
- ^ 全集4、岩波、2009年、p.345、p.441 参照
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