あたえられるか否か 徳川埋蔵金120年目の挑戦とは?

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あたえられるか否か 徳川埋蔵金120年目の挑戦

原題:Treasure of the Samurai
製作国:日本
製作年:2006
配給:ワイヤーワークス
スタッフ
監督:安部一世 アベイッセイ
プロデューサー:宮本高志 ミヤモトタカシ
撮影:安部一世 アベイッセイ
音楽:Hit ThaT Jive! 
編集:安部一世 アベイッセイ
キャスト(役名
水野智之 ミズノトモユキ (※本人
解説
祖父子3代、120年わたって徳川埋蔵金追い続け水野一族当主水野智之埋蔵金発掘事業密着したドキュメンタリー
ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください
ペリー黒船来航し、開国必至情勢であった江戸時代末期時の大老井伊直弼は、崩壊危機にあった徳川幕府再興のため、莫大な額の黄金赤城山中に埋蔵したとされる幕末期海外との通商盛んになるにつれて金銀交換レート海外比べて低かったせいもあり、国内の金が大量海外流出ていった井伊直弼はこの事態危惧し、幕府御用金埋蔵計画したという。桜田門外の変井伊直弼凶刃倒れた後、御用金埋蔵計画幕府最後勘定奉行である小栗上野介や、軍学者(※■は[あめかんむり])らにより実行されたとされている。その額およそ360万両時価にして数十兆円に値する官軍による江戸開城の際、場内御金カラだったのは史実として残っている。明治19年水野家当主水野智義は私財を投じ、赤城山麓の一画買い占め徳川埋蔵金発掘事業開始する。智義の義父中島蔵人小栗上野介部下であった。その蔵人は死ぬ間際に智義に秘密を告げて埋蔵金発掘託す以来水野家三代渡って徳川埋蔵金追い続けている。明治23年初代智義は黄金徳川家康像を発見その後近所にある寺の縁の下で、埋蔵金在りかを記したとされる銅板地図発見されるが、大正15年死去昭和7年、2代目義治は直径20メートルもある巨大石灰の亀を山中発掘するも、やはり埋蔵場所の特定には至らなかった。そして現在は、3代目の智之氏に引き継がれている。水野家3代120年間の発掘作業経て埋蔵の証となり得る家康像や銅板地図等様々な手がかりをもとに謎解きをしてきた智之氏。その確信満ち眼差しはいまだ衰えをみせることなく、「与えられるその時が来るまで、今日もまた挑み続ける。





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