【ドクター和のニッポン臨終図巻】
サザンオールスターズのアルバム『葡萄』の中に「Missing Person」という曲があります。
「北風 激しい雨 孤独な夜に耐えて絶望の海を越え」というフレーズが印象的なサビ。せつなく哀しくも、力強く歌い上げる桑田佳祐さん。サザンのコンサートで初めてこの曲を聴いたとき、最初は何について歌っているのかわかりませんでした。
でも…「必ず最後は逆転勝利へ」で歌詞は終わり…もしやこれは? と首を傾げたラスト。桑田さんはこうシャウトしました。「Megumi come back home to me!」
そういうことか…気がつけば拳を振り上げながら涙が溢れていました。歌詞の中には、「北朝鮮」も「拉致」という言葉もないけれど、これは桑田さんが、横田めぐみさん親子に捧げた歌だったのです。
カムバックホーム! 海の向こうにいる最愛の娘に向けて、43年間も祈り続けていためぐみさんの父で拉致被害者家族の会の初代代表であった横田滋さんが、6月5日に川崎市内の病院で亡くなりました。享年87。その病室には、めぐみさんの写真が3枚飾られていたそうです。
多くのストレスを抱えながら講演を続けていたことも関係しているのでしょう、晩年の横田さんは数々の病気に見舞われました。
2005年に血栓症血小板減少性紫斑病という血液の難病を発症、奇跡的に回復したものの、2年後に胆のう摘出手術。このとき家族会代表を退任しました。
そして一昨年よりパーキンソン病のため入院、リハビリを続けていたそうです。しかし死因は、「老衰」との発表でした。眠るような穏やかな最期だったようです。
昔、病院で働いていた時、死亡診断書に老衰と書くことはあまりありませんでした。寿命を全うした最期でも肺炎や心不全などの病名を書かねばならぬという医者の暗黙のルールがあったのです。
一方、今は在宅看取りの場合は、老衰と書くことがよくあります。
老衰とは、すなわち大往生。長く良く生きた証しでもあります。
「大往生やったなぁ、おめでとう」とご遺体に話しかけることもあります。こうした文化が病院にも浸透しつつあるのは嬉しいことです。
しかし、横田さんに対しては大往生を喜ぶよりも、めぐみさんを抱きしめるまで何としても生きていたかったやろなぁと、悔しさで胸が詰まりそうです。まだ死ねないという強いエネルギーがあったから血液難病を乗り越え、リハビリにも励まれていたはずです。あの優しい笑顔の裏にどれほどの憤りと強さがあったかを私たち日本人は忘れてはなりません。
お辛いでしょうが、奥様の早紀江さんには生きて再会の日を迎えてほしい。どうか必ず、最後は逆転勝利へ…祈り続けます。
■長尾和宏(ながお・かずひろ) 医学博士。東京医大卒業後、大阪大第二内科入局。1995年、兵庫県尼崎市で長尾クリニックを開業。外来診療から在宅医療まで「人を診る」総合診療を目指す。この連載が『平成臨終図巻』として単行本化され、好評発売中。関西国際大学客員教授。