『らんまん』ついに最終回…時代考証から見た明治の官と民とアカデミズム<下>

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逆境にめげない強い女性たち

 ――ドラマでは、失意の田邊を再び植物学の道に戻したのは、後妻の聡子(演:中田青渚さん)の助言でした。綾や寿恵子も逆境にめげない強い女性として描かれていました。

 史実では、先妻に先立たれた矢田部は女学校の生徒だった18歳年下の柳田順を後妻に迎えています。校長先生と女学生の夫婦をスキャンダラスに描いた小説が新聞に連載されたのは、ドラマでも描かれた通りです。矢田部が新聞社を訴えて連載は中止されますが、夫婦は好奇の目にさらされたことでしょう。しかし、ドラマでは聡子も逆境にめげずに成長し、田邊と対等の関係を築いていきます。

 この時代は平塚らいてう(1886~1971)や市川房枝(1893~1981)といった婦人運動家が活躍するひと世代前で、聡子が学んだ頃の女子教育の基本は良妻賢母を育てることでした。ただ、文部大臣として教育改革を進めていた森はクリスチャンで、儒教型の夫唱婦随を理想とはしませんでした。家庭を切り盛りして子育てをしていくには女性にも知識や教養が必要だと考えて、高等女学校を作った時に、男子の旧制中学校と同等のカリキュラムを作り、「外国語や物理、化学といった教科を女子にもしっかり学ばせるべきだ」と言っています。

 しかし、森が暗殺された後に教育行政の主導権を握った井上毅(1844~95)は、裁縫や料理といった家政学中心の女子教育にシフトさせていきます。同じ良妻賢母教育といっても、森の暗殺でその中身は大きく変わることになります。

 キリスト教をベースとする欧米の価値観でも、当時はまだ男性優位でしたが、森は日本で初めての契約結婚をしています。契約といっても中身は「お互いを敬いあう」といったキリスト教の結婚式の宣誓のようなものですが、妻は夫の付属物という考えとは明らかに違います。ドラマは聡子の成長を通じて自立する女性を描きたかったのでしょう。寿恵子はそういう教育を受けていないのに、自分の才覚で夫を支えています。かなり進んだ価値観の持ち主だったと思います。

ドラマの中の寿恵子は、当時としては進んだ価値観を備えていた(C)NHK
ドラマの中の寿恵子は、当時としては進んだ価値観を備えていた(C)NHK

たびたび出てきたセリフ「一等国になる」

 ――ドラマでは田邊も徳永も権威主義的で、国への奉仕を意識しているように見えました。当時の帝大では当たり前のことだったのですか。

 学歴も権威もない万太郎とエリートの帝大教授との立場の違いを際立たせるため、ドラマでは権威や学歴、国への奉仕を重視する姿をやや誇張しています。実際は矢田部や松村が帝大の権威を振りかざすことも、ことさらに国への奉職を意識することもなかったと思います。今の東大で植物学を教える東山哲也教授と対談する機会があったのですが、東山教授も「当時も教員と学生が酒を酌み交わしたという記録があり、植物学教室はドラマが描くほど権威主義的ではなかった」と話していました。ただ、帝国大学令の第1条は、設立の目的に「国家の求めに応じて学問技芸を教授する」と書かれています。大学の設立目的を踏まえて動いていたことは間違いありません。

写真の出典書物はすべて国立国会図書館蔵
写真の出典書物はすべて国立国会図書館蔵

 ――ドラマの中では、田邊の後任の教授になった徳永は留学先でさげすまれ、欧米を見返してやるという強い意思を持っているように描かれていました。ドラマの中でもたびたび「一等国になる」というセリフが出てきました。

 黄色人種やアジア人に対する差別はあったかもしれませんが、明治時代の留学生の報告書を見ても、「日本人は同じ学校に通うな」「同じ授業に出るな」といった差別を受けた記録はありません。ただ、語学の壁もあって、なかなか授業についていけない自分をふがいなく思うことはあったでしょう。当時の留学はほとんどが国費留学ですから、多くの留学生は「自分は国に選ばれたエリートだ」と自負し、国の期待に応えなければ、という気負いもあったはず。理想と現実のギャップを乗り越えるため、「いつか必ず見返してやる」と考えるようになったのかもしれません。

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4580274 0 今につながる日本史 2023/09/28 13:00:00 2023/09/28 20:07:06 https://www.yomiuri.co.jp/media/2023/09/20230925-OYT8I50099-T.jpg?type=thumbnail

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