第542回:特設コースを走って実感
「日産リーフNISMO RC」に見るEVレーサーの可能性
2018.12.17
エディターから一言
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すごいクルマなのに、なんだかモヤモヤする……。日産が発表した電動レーシングカーの2代目「日産リーフNISMO RC」。特設コースでのチョイ乗り試乗や、関係者へのインタビューを通して、webCG編集部員が感じたこととは?
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このモヤモヤはなんなの?
東京・銀座の「NISSAN CROSSING(ニッサン クロッシング)」で初めて新型「リーフNISMO RC」を見たとき、初代(通称「01(ゼロワン)」)とは一線を画すカッコよさにシビれた。精悍(せいかん)な面構えとペッタンコでワイドなボディーさえあれば、クルマは絶対カッコよくなる。いささか安直でズルい手かもしれないが、これはホントに真理だ。今回は臆面(おくめん)もなくそれをやってのけた日産&NISMOの手腕を賞すべきでしょう。
資料に記されたパフォーマンスも文句のつけようがない。ボディーは軽量・強靭(きょうじん)なカーボンモノコックで、ロールケージの鋼管を細くしつつCFRPで補強するなどして、初代からの重量増を抑制。“バネ下重量”の軽減に寄与するインボードサスペンションなど、クルマのつくりはまごうかたなきレーシングカーだ。
極めつけは駆動システムで、前後に120kWのモーターを2基搭載した4WDである。240kW(326ps)の最高出力、640Nmの最大トルクは、いずれも初代の2倍を優に超え、0-100km/hも6.9秒から3.4秒に半減! 最高速も150km/hから220km/hにアップしており、数字に見る説得力は十分である。
でも、なんかモヤモヤするのである。
いや、クルマ自体に文句はございませんよ。上述の通り、ちゃんとカッコいいし、多分むっちゃ速いし。それだというのに、頭に巣くうこの「ナットクいかない感」はなんなのか。それを解明&解消すべく、記者は日本のモータースポーツ界における“東の総本山”こと、富士スピードウェイへと向かった。ときは「NISMO FESTIVAL」の前日にあたる2018年12月1日。この日、富士のドリフトコースでは新型RCのチョイ乗り試乗会が催されたのだ。
シンプルなメカと圧巻の動力性能
富士スピードウェイの片隅で再度見たリーフNISMO RCは、やっぱりカッコよかった。このデザインで次期型「Z」や新型「シルビア」を出せばいいんじゃないの? と思ったくらいカッコよかった。
同時に、「そういえば俺、生粋のサーキット専用車って今まで乗ったことないな」と気付いて、いまさらながら緊張した。なにせ6台しか造る予定がないホンモノの超希少車だ。市販車「リーフ」の部品を流用しているとはいえ、価格だってとんでもない額だろう。仮にやっつけでもしたら、まあ恵比寿(webCG編集部は東京・恵比寿にある)には帰れまい。
一通りの撮影を終え、テントに戻ってクルマの説明を受ける。興味深かったのが、予想に反して4WDのシステムがシンプルなこと。駆動力の配分は、基本的に40:60(ハンドリング重視)と50:50(加速重視)の2パターンで、状況に応じて自動で配分を変化させるような可変制御は付いていない。昨今のスポーツカーに見られるような、左右輪の駆動力の差で旋回させるトルクベクタリング機能も備わっていない。「パワープラントには、極力市販車の部品を活用する」という意図もあるのだろうが、開発者いわく「トルクベクタリングを付けると、高速走行時には急激にヨーが発生しすぎる」とのことだった。なんにせよ、コーナリングは「ぜんぶ自分のウデでなんとかしてね」というクルマなのだ。
動力性能については、ガソリン車だと600ps級のスポーツカーに匹敵する0-100km/h加速のタイムを含め、おおむね資料にあった通り。ちなみに袖ヶ浦フォレストレースウェイで行われたテストでは、初代を5秒以上も上回る1分10秒台のタイムを記録。さらにスリックタイヤを履かせたらコースレコードを記録したそうで、開発者は「専用タイヤをくれたら1分6.5秒台は出せる」と豪語していた。
そんなクルマをギョーカイきっての運動音痴に運転させるんだから、日産も太っ腹である。にこやかにクルマへと誘導するニスモのスタッフに「何かあったときの覚悟はできてるんでしょうね?」と心の中で尋ねつつ、運転席に乗り込んだ。4点式ハーネスをつけてもらい、ステアリングホイールのシフトセレクターで「D」を選び、いざ出発。
“ふつうのクルマ”とは全然違う
当たり前といえば当たり前だが、このクルマ、“公道”を前提とした乗用車とは何もかもが違っていた。
真っ先に「うわ」っと思ったのが音である。電気自動車と聞くと静かなイメージだが、このクルマについてはにぎやかなことこの上ない。むき身のカーボンモノコックが鳴らす盛大なビビリ音に、豪快なギアノイズとザーっというロードノイズ。パワープラントから聞こえる「ひゅーん」という音は、実はモーターじゃなくてインバーターなどが発するものらしい。とにかく車内は音の嵐。スタッフが勾玉(まがたま)みたいなインカムから何か言っているが、なんも聞こえない。と思ったらミスコースしてた。
動きについても驚きの連続。ともかく「溜め」「待ち」「遊び」というものがないのだ。加速は、電動車だけにまあすごい。単純に加速力があるというだけでなく、そのレスポンスが早くて速い。5踏んだら5の加速が、タイムラグゼロで「はいよ!」っと来る。一方ブレーキは“漢(おとこ)の踏力型”で、要するに重め。重めだがきっちりリニアに利いて、コントロールのしづらさや違和感はナシ。前後方向の操作に対しては、クルマの動きもフィーリングも、この上なく“直”で“生”だ。コーナリングもまさにそうで、ステアリングは微細な操舵にもその通りに反応する。横Gが残ったままアクセルを開けるとお尻がムズがるガマンのなさといい、まるでカートである。最高出力326psの、でっかい電動カート。
そんなクルマなもんだから、タイヤからのインフォメーションの薄さは怖かった。コーナリング中、横Gが一定になったあたりでアクセルに足を移し替えたとき、「……これ、踏んだら回っちゃうかな?」と毎回悩み、結局コーナーの出口までパーシャルで我慢するという初心者みたいな走りに終始してしまった。まあこれについては、「タイヤがうんぬん」「クルマがうんぬん」というより、記者がタイヤから応答を引き出す運転をできていなかったからだろう。普段、Sタイヤをみちみちいわせながら武蔵野の下道を走っている弊害である。精進いたします。精進するからまた乗せてほしい。リーフNISMO RC。
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大事にしたのはクルマを操る楽しさ
試乗後、クルマのセッティングに携わったという松田次生選手に話を聞いたところ、やはりEVならではの突進力には驚いたとか。「僕はシェイクダウンは欠席していて、袖ヶ浦でのテストで初めて運転したんですけど、トルク、加速がすごい。信じられない! というのが最初の印象でした」
SUPER GTやスーパーフォーミュラで活躍する現役のレーシングドライバーにそう言わせるんだから、新型RCもたいしたもんである。が、同時に思うのは、この無音(?)で油のニオイもしないレーシングカーを現役のレーサーがどう受け止めたかということだ。
ちょっとイジワルな心持ちで尋ねたところ、松田選手は「開発は楽しかったですよ」とさわやかな笑顔を崩さない。「僕は“ハコスカ”から“35”まで持っているくらいの『GT-R』好きで、もちろんエンジンも大好きなんですけど、EVにはEVの可能性がある。EVでも楽しいクルマがつくれると思いました」
実際、セッティングでは「クルマの面白さ、操る楽しさを残すこと」を大事にしたとのこと。「“なんでもデンキ”というわけではなく、ドライバーが操れる味付けにしました。トラコンもABSもないシンプルなEV。(運転していて)楽しくなかったですか?」
そりゃあ楽しかったですよ。その何倍もおのが未熟さを痛感しましたが。
EVレーサーがモータースポーツの裾野を広げる?
一方で、開発に際してはガソリン車にはないEVレーサーならではの新しい特徴も発見できたという。
「回生ブレーキの利きはコースによって変えられるのですが、今回は自然なフィーリングを重視して弱めに設定しています。前後モーターの駆動力配分も、50:50と40:60だけじゃなくて、実際にはFFからFRまで(変更)できるんですよ。EVは、こうした調整をその場ですぐにできるのがすごい。メカニックも少なくて済むので、EVのレーシングカーが広まったら、いずれは誰でも気軽にモータースポーツを楽しめるようになるのかもしれません」
松田選手の言葉に思い出されるのは、かつて日産が販売していた「ザウルス」と「ザウルスジュニア」である。モノポスト(1人乗り)のレーシングカーだが、「ザウルスジュニアは200万円台、ザウルスで300万円ちょい」(ニスモの鈴木 豊監督)という価格設定もあり、多くの人に本格的なモータースポーツを味わわせてくれた。
例えばこのリーフNISMO RCを「ザウルスEV」って名前で売ったらどうだろう? ワンメイクレースもばんばんやって、やがては日産がニッポンのモータースポーツ界の盟主に返り咲くのだ! と勝手に怪気炎を上げたところ、ニスモの鈴木 豊監督に「いや、カーボンボディーが高いんで無理でしょう。ザウルスとリーフNISMO RCでは値段のケタが違いますよ」と冷静に突っ込まれた。しかし、そんな鈴木監督も「当時は世界で一番売れたレーシングカーだったんですよ」とザウルス/ザウルスジュニアのことをうれしそうに懐かしんでいたので、可能性はなくはないかもしれない。
いまこそ「やっちゃえ日産」
……いやいや。懐かしんでちゃだめでしょう。これだけのクルマをこさえたのに、いつやるの? 今でしょ。こういうときこそ「やっちゃえ日産」ではないの?
記者が新型RCに終始モヤモヤしていた理由は、「で、日産はこのクルマでナニがしたいの?」という目的がいまいち分からなかったからだ。いまさら「6台造って、世界中でデモランしまーす」って、アナタ。せっかく新しいクルマつくったのにやることは“01”のときと一緒ですか? そのステップはもうとっくに過ぎたでしょう。レースをやれ。戦にぶちこめ。ポルシェ、フェラーリをぶっちぎれ。リーフNISMO RCで歴史を変えるんだよ。
それに「EVでも走りの楽しさを実現できると訴求したい」と言っておきながら、その受け皿が存在しないのはどゆこと? 「リーフNISMO RCかっこいい!」「EVって楽しそう!」と思った人は、日産ディーラーでどのクルマを買えばいいの? 現状だと「リーフNISMO」しかないじゃない! またファンから「本当にあなたはひどい人だわ~♪」と歌われてしまうよ。(長渕 剛『巡恋歌』より)
リーフNISMO RCは素晴らしい。フォーミュラEに出場するのもいいでしょう。でもそろそろ、業界関係者やレーシングドライバーでもないフツーのクルマ好きにも、「EVならではの走る楽しさ」を提供しておくれよ。今のところ、それができるのは日産しかいないのだから。
(文と写真=webCG ほった)
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生田 佳那
1991年長野生まれ。大学在学中にタレントを目指すようになり、タクシードライバーとして勤務しつつデビューを果たす。グラビアやお芝居、バラエティー番組などに出演するようになった今日でも、週に1〜2回は都内を中心にタクシーを走らせている。