西田宗千佳のイマトミライ

第78回

競合から共存へ向かうNetflixとCATV。「J:COM TVフレックス」に見る新たな関係

ジュピターテレコム(J:COM)は12月2日より、Netflixと専門チャンネル27チャンネルがセットになった「J:COM TV フレックス」を提供開始する。価格は月額5,160円で、Netflixベーシックプランの月額800円を含む。

J:COM、Netflixと専門チャンネルセットの新プラン。月額5,160円

J:COMは2019年9月にNetflixとの提携を発表、同社のセットトップボックスでの視聴サービスを提供している。今回の発表はその延長線上にあるものだ。

NetflixとJ:COM提携、4K/Atmos対応STB「J:COM LINK」

ケーブルテレビ事業者とNetflixのような映像配信事業者は、一見対立する相手に見えるかもしれない。しかし実際にはそうではない。ケーブルテレビ事業者と映像配信事業者の関係を整理してみよう。

視聴者の時間は奪い合うが「嗜好」では補完関係が成立

今回J:COMが提供するサービスは、シンプルに言えば、既存型のケーブルテレビを使った「放送」による専門チャンネルサービスの契約と、Netflixの契約をセットにしたものだ。

人々が映像を見る時間は有限だ。Netflixを見る時間が増えればその分、放送を見る時間は減る。そうすると、放送とNetflixは視聴者の時間を奪い合う存在であり、基本的には敵対するように思える。

だが、ポイントを「放送を見る時間」ではなく「契約の維持」という観点に絞ると、自ずと考え方は違ってくる。ケーブルテレビやそこに紐づく専門局にとっては、視聴時間そのものより、契約の維持が重要だからだ。

専用チャンネルには様々な価値ある番組がある。そのすべてがNetflixで見られるわけではないし、自分で番組を選ばなくても次々に見たいものが流れてくる、という「受け身で見られる」良さがある。

一方、新しい作品が続々生まれてくるという意味では、Netflixの方に分がある。消費者から見ると、Netflixの方が新しい存在に見えてしまう……という部分もあるだろう。

これは、ケーブルテレビ事業者としてはマイナスだ。別の価値があり、同居は可能であるサービス同士なのだが、消費者は目玉を奪い合うサービス同士を比較して「どちらかを選ぶ」形になりがちだが、「どちらも選ぶ」形を用意すれば話は別だ。現実問題、誰もがNetflixだけを見て過ごすわけでもないし、逆に専門局だけで満足できるわけでもない。現実的な補完関係がある。

現在のケーブルテレビ会社は、放送だけでなくネット接続なども含めた総合的な家庭向けサービスの提供が軸だ。多くのサービスをまとめて契約できて、サポートや支払いもまとめられるわけだが、そこでNetflixも同時かつ安価に契約できるとなれば、消費者にとってのアピールになる。ケーブルテレビ会社としては、競合と思われているが「本質的には同居可能なサービス」として認知させることで、「契約を維持できる」のが大きな利点なのだ。

長期安定契約のためにパートナーを求めるNetflix

Netflix側から見ても、この種のサービスには利点は多い。

もっとも現実的な理由は「販売促進を自分だけで行なわなくて済む」こと、そして「パートナー経由での契約は解約率が低い」ことだ。

前者は説明するまでもないだろう。だが後者については解説が必要かもしれない。

Netflixのような配信サービスは、俗に「OTT(Over The Top)」などと言われる。主に放送業界での呼び方だが、インターネットという別のインフラの使っているサービスの総称である。テレビ局から見れば、YouTubeもNeflixもOTTである。

OTTの特徴は、本質的に特定のインフラに依存しないことだ。適切な速度のインターネット回線さえあれば、いつでも誰でも使い始められる。課金が必要な場合でも、契約は一般的に月額。Amazonのように年額が基本のところもあるが、どちらかと言えば例外的である。そして、2年契約・4年契約といった長期契約割引もない。

これはある意味、携帯電話やケーブルテレビ事業者との差別化策でもあった。「いつでも誰でもOK」かつ、同時に「いつ止めてもOK」という形にすることで、消費者に対する自由な選択肢を提供することが重要だからだ。実際、見たいものが一巡したら契約を休止し、別の配信サービスへ切り替える……という使い方をしている人も少なくない。それは各事業者も認めるやり方だ。

一方、純粋にビジネスとして見れば、途中解約は少しでも減らしたい。その時には、他事業者とのコラボレーション型が有利になる。セット契約になっている場合が非常に多いので、解約の意思は「パートナーとなる企業のサービスの品質」と「Netflixのサービスの品質」の掛け算で決まることになり、どちらかにでも依存度が高ければ、解約には至りづらい。このことは、パートナー企業側にとってもプラスである。

そうすると結果として、他事業者とのコラボレーション型ビジネスを増やすことはNetflixにとって、2つの面でメリットが生まれる、という形なのだ。

この種の取り組みは意外と多い。海外では、Verizon・AT&T・Comcast(アメリカ)、Virgin Media・BT(イギリス)、Bouygues Télécom・Orange(フランス)、Deutsche Telekom(ドイツ)などが提携している。

日本の場合にはKDDI(au)との連携によるセットパックが有名だろう。過去にも、ソフトバンクと契約促進について提携していたが、こちらは携帯電話ビジネスとの連携が薄かったためか、時期がまだ早かったためか、さほど成果をあげなかったようだ。

ケーブルテレビ事業者との連携では、6月により大きな動きを発表している。日本ケーブルテレビ連盟と提携、年度末までに全国50程度の事業者が、Netflixの利用料金とケーブルテレビ利用料金を合算して支払えるようになる。

ケーブルテレビとNetflixが連携。CATV+Netflixまとめて支払い

「バンドル型」はサービスそのもの価値がないと続かない

こうした戦略を採っているのはNetflixだけではない。国内ではDAZNも積極的に行なっている。

DAZNとケーブルテレビが連携。STBで配信視聴、料金をまとめて支払い

むしろ日本では、携帯電話事業者が自社の動画配信サービスをバンドルする形で展開していたことが記憶に新しい。

しかしそれはあまりうまくいったとは言えない。時期が早くコンテンツの品揃えに限界があったこと、販促と囲い込みが先に立って、「携帯電話の購入料金を割り引く手段」として使われた印象が強く、消費者を味方に出来たわけではなかった。

バンドル・コラボ型モデルの欠点は、「いらないものが一緒についてくる」と思われる場合があることだ。セットになるサービスそれぞれに価値がないと理解が得られない。

いかに双方の価値を維持しづづけるか、それが長期的な関係を続けるためには必要、といえそうだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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