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なぜ『アナと雪の女王』は革新的なのか。マッチョな定石を打ち砕く、真実の愛とシスターフッド。

1937年に世界初の長編アニメーション映画として『白雪姫』が公開されて以来、ディズニーは数々のプリンセスストーリーを世に送り出してきた。美しい映像と名曲に彩られた名作ばかりだが、描かれる価値観は、21世紀に生きる女性たちにとって現実的とは言い難い。このような点を踏まえると『アナと雪の女王』は、ディズニー史上もっともフェミニズム的な観点に基づく作品である。その理由を5つのポイントから検証しよう。

1.真実の愛は、プリンスとのロマンスではない。

Photo: Walt Disney Pictures/Everett Collection/amanaimages

2013年に公開された『アナと雪の女王』は、架空の王国アレンデールの女王エルサと妹のアナを主人公に、現代的な視点を取り入れた。新鮮なのは、ハッピーエンド=プリンスとの結婚ではないという発想だ。“プリンセスを救うのは真実の愛”という結末に変わりないが、主人公たちが最終的に見つけるのは、ロマンスではない。雪山にひとり籠ったエルサと凍った世界を救う、“真実の愛”が何かを示す展開は、現代の観客に強く訴えかけるものがあり、力強い主題歌「Let It Go」とともに、この作品が一大ブームとなった要因だ。

エルサとアナは、少女にとって素晴らしいロールモデルの役割を果たしている。触れたものをすべてを凍らせる禁断の力ゆえに心を閉ざしてきたエルサは、ありのままの自分を愛すことを知り、プライドを持つこと、そして一人で生きていく強さを体現する。特別な力は持たないが、明るく愛情あふれる性格で、姉のことも自らも救う勇敢なアナ。2人の普遍性と現代性が共存するキャラクターは、広く支持されている。

Photo: Walt Disney Pictures/Everett Collection

本作を絶賛する俳優キーラ・ナイトレイは、裕福な男性が現れるのを待つ『シンデレラ』や、男性のために声を失くす決断をする『リトル・マーメイド』などは自分の娘に見せなかったが、『アナ雪』は親子で大ファンだという。実はアナの声優を務めたクリスティン・ベルも、旧来のディズニープリンセスの物語には疑問を抱いていた一人だ。

ベルは幼い娘たちに、『白雪姫』を読み聞かせるたびに「白雪姫がおばあさんに、なぜリンゴを食べなければならないか尋ねないのはおかしいと思わない?」「断りもなく王子様が白雪姫にキスするのはおかしいと思わない?」「眠っている人にキスしてはいけない」と語りかけてきた。『アナ雪』は、そんな彼女にとって「自分が子どもの頃に見たかった映画」なのだ。エルサを演じたイディナ・メンゼルも「ディズニーにしてはフェミニストな映画で、本当に誇らしい」と言い、「競い合うと同時に互いを守り合う、姉妹という複雑な関係を子どもたちのための映画で描けたのは素晴らしいこと」と称えた。

2.新しいプリンセスストーリーを打ち出した、ジェニファー・リー監督。

『アナと雪の女王2』のプレミアにて。Photo: Alberto E. Rodriguez/Getty Images for Disney

脚本を執筆し、クリス・バックと共同監督を務めたジェニファー・リーは、ディズニーの長編アニメにおいて初の女性監督となっただけでなく、あらゆる長編映画の女性監督として興行収入が10億ドル(約1140億円)を超えた史上初の人物だ。実はアニメーター出身ではなく、出版社勤務を経てコロンビア大学で映画を学び、ディズニーで職を得てハリウッドに来たのは、40歳を過ぎてからだった。2012年の『シュガーラッシュ』で共同脚本執筆の依頼を受けたのをきっかけに、そのまま『アナと雪の女王』の製作に参加した。

単独で脚本を執筆したリー監督が『アナ雪』で目指したのは、現代の女性が共感できるストーリーだった。何世代も語り継がれる童話には時代を超越するメッセージがあるが、「100%タイムレスではない」とリー監督は言う。世間知らずを愛らしさとして描くのではなく、例えばアナが知り合ったばかりのハンス王子と結婚するつもりだと話すと、クリストフが「出会ったばかりの人と婚約したの? 君の両親は見知らぬ人には気をつけろと言わなかった?」と言う場面など、現代の価値観に即した視点を入れている。

エルサとアナの姉妹について、リー監督は「シンデレラとはかなり違います。彼女たちの望み、目標、そして夢はもっと現代的」と語り、時代に合わせた変化を強調する。ディズニープリンセス像に革新をもたらしたジェニファー・リーは2018年、前年に女性スタッフへのセクハラが発覚したジョン・ラセターに代わってディズニーのCCO(チーフクリエイティブオフィサー)に就任した。女性のCCO誕生も、同社史上初のことだった。

3.エルサが悪役からアナと姉妹になった理由。

Photo: Walt Disney Pictures/Everett Collection

『アナと雪の女王』はハンス・アンデルセンの童話「雪の女王」をもとに企画された。「雪の女王」では、女王はもっと年齢が上で、悪意に満ちた冷酷なキャラクターだ。原作と同様に当初、エルサは悪役だったが、バックとリーは話し合いを進めるうちに「エルサを悪役にする必要はあるのか?」と疑問を抱きはじめ、「もしエルサとアナが姉妹だったら?」という発想から、いわゆる善と悪の対決を描くのではない、シスターフッドの物語が生まれた。

エルサとアナを姉妹という設定にしたことで、自らの力を恐れてひた隠しにしようとする姉と、ただただ姉を慕い救おうとする妹という物語の軸が生まれた。リー監督はアナとエルサの姉妹関係をよりリアルに描くために、ディズニー社内で「シスター・サミット」を開催し、スタッフたちの体験談を聞いたそうだ。そこには、自身と3歳上の姉の関係も反映されているようだ。リー監督はアナのように活発で夢みがちな少女で、現在は教師をしている姉は責任感が強い優等生だったそう。立場や性格の違う姉妹の葛藤や愛憎など、共感を集める要素がたくさん盛り込まれている。

4.「Let It Go」がエルサの真の姿、そして物語を導き出した 。

大ヒット映画の主題歌である以上に、多くの人々にとってアンセムというべき一曲となった「Let It Go」は、実はストーリーの構成にも大きく貢献している。音楽を担当したクリステン・アンダーソン=ロペスとロバート・ロペスによると、ディズニーからのオーダーは、ヴィランであるエルサをイメージした曲だったという。

ロペス夫妻は、禁断の力を長い間押さえ込んできたエルサについて、悪役という印象を持っておらず、自らの力と戦いながら孤独に生きてきた女性というイメージを描いていた。そこから生まれたのが「Let It Go」だった。同時にこの曲には、あらゆる世代の女性が直面する“完ぺきでなければならない”というプレッシャーが根幹にあるという。抱え込まずに解き放ち、自由になる勇気を高らかに歌い上げ、パワフルなメッセージに満ちたこの曲に感銘を受けたジェニファー・リーは脚本をリライト、映画そのもののストーリーが方向転換することになった。

Photo: Walt Disney Pictures/Everett Collection

ちなみにこの名曲の完成に要した時間は、たった1日だったという。夫妻は公園を散歩しながらアイデアを交換し、その場で最初の4行を即興で作り、帰宅後にホワイトボードに歌詞を書き、ピアノで演奏してブレインストーミングを繰り返し、一気に完成させた。

5.続編『アナと雪の女王2』での進化。

Photo: Walt Disney Studios Motion Pictures/Everett Collection

記録的な大ヒットとなった1作目から6年後に完成した続編『アナと雪の女王2』(2019)は、女性の物語としてさらなる進化を見せた。舞台は前作のエンディングから3年後の設定で、姉妹の絆を取り戻したエルサはアレンデール王国の女王に、そして第2王女として姉をサポートするアナはクリストフと相思相愛になっている。成長し、変わらない姉妹愛を保ちつつも、各々の生き方を探求していく2人は、エルサにしか聞こえない謎めいた歌声に導かれ、やがてエルサの魔法の力の秘密、かつて幼い頃に父から聞いた祖父の物語で語られなかった事実を知る。

姉妹がシスターフッドという“真実の愛”を見つけて成長するのが第1作だとすると、『アナと雪の女王2』は視点を世界に広げて、環境破壊や植民地主義といった社会問題も、物語のモチーフとして扱っている。おとぎ話の世界にとどめず、現実の問題と照らし合わせて家族で話し合うことを促す構成だ。リー監督は、念頭にあるのは「特に現代の子どもたちのこと」だと話す。さまざまな問題が山積する社会に生まれ、生きる彼らに、どう向き合うかを教えるのではなく、すべての問題をじっくり考える機会となるような映画を目指した。

「アナが辛い過去と向き合い、皆にとって正しいことをしなければならないと気づいたのは素晴らしいし、とても勇気が要ること。この世界で生きていくのがいかに難しいか、それを認めることでもあるのです」。「Into the Unknown」をはじめ、続編も名曲揃い。キャラクターたちの内面を歌い上げる歌詞に注目だ。

Text: Yuki Tominaga