<大田新聞>多摩川に飛び地がある 「暴れ川」集落を分断

2020年8月20日 07時06分
 東京には62もの区市町村がある。それぞれの街には何があり、どんな人たちが住んでいるのか。担当記者が「編集長」になって、一つの街を掘り下げる。
 多摩川下流は東京側が大田区、対岸は川崎市だと疑いなく思っていたが、地図に目を凝らすとびっくり、河口近くに飛び地を発見した。多摩川に引かれた都県境はくねくね曲がり、大師橋付近の大田区側に弧を描くようにわずかに川崎市の飛び地が。逆も同じで川崎市側に大田区があった。両岸の飛び地を歩いて、その謎に迫った。

東京側だけど川崎市

神奈川側だけど大田区

 大師橋の真下、まずは大田区側にある川崎市の飛び地へ。幅は数メートルで雑草が生い茂り、水際に干潟が広がる。潮干狩りの際の注意書きがあるだけで、県境の表示はどこにもない。
 堤防で涼む区内の自営業の男性(59)は、「ここが川崎? 初めて聞いたよ」と目を丸くした。
 だが、子どもの頃から近くに住む男性(90)は「堤防ができる前は今の川筋と違って、家の近くまで流れてたんだよ。この辺りはちょうど汽水域で、いろんな魚が釣れてね」と懐かしそうに話をしてくれた。
 一方、川崎市側の大田区の飛び地は、大師橋の少し上流、河口から約三キロの場所にある。「大師の渡し碑」近くだ。訪ねてみると、川岸は背丈を超すアシが続き近づけない。堤防の手前にある川崎市の案内板には、この辺りの川岸の一部が大田区だと示す地図が載っていた。
 自転車に乗っていた会社員(61)は「長く住むが、多摩川の向こう側が東京だと思っていた」と笑う。
 飛び地が誕生した経緯を、区郷土博物館の学芸員、築地貴久さん(42)が解説してくれた。「多摩川は中流部が急勾配な川で、少量の雨でも下流部は増水し、何度も氾濫を繰り返す『暴れ川』です。そのたびに流路が変わり、集落が分断されました。両岸に野毛、等々力、丸子といった同じ地名があるのは昔、一つの集落だったと言われています」
 一八八一(明治十四)年発行の地図では、大師橋付近は蛇行を繰り返しているのがはっきりと分かる。他の明治時代の地図にも、古い堤防の外側に数多くの飛び地が見られる。「渡し船で大田側から川崎側の耕地に渡り農作業したり、川崎からも頻繁な往来があったようです」と築地さん。
 東京、神奈川の境界線は一九一二(明治四十五)年に多摩川の中央と決定したが、一九一八(大正七)〜三三(昭和八)年にかけて河口から二子橋までの堤防が完成した。恐らく、と前置きした上で築地さんは「川の流れは堤防で固定化されたが、境界線は古い川筋のまま定まったので、川崎側に東京があるという不一致が生じて飛び地が誕生したと思います」と解説。
 大田区側の川崎の飛び地で会った前出男性(59)に教えてあげると「歴史を知ると川崎により親近感わきますね」と笑顔を見せた。

◆名器 弾いてみた

 区民ホール「アプリコ」で、世界3大ピアノのスタインウェイの無料体験会が7、8月に3日間ずつ、開かれた=写真。新型コロナウイルスの影響で演奏会の中止・延期が続いたため、文化芸術活動の支援策として特別企画された。
 区内在住・在勤・在学の方とその家族に限定したが、受け付け開始約1時間で予約が埋まるほどの人気で、8月も開催を決めた。
 7月27日からの開催では小学生や、音大生、主婦や高齢者と幅広い層が、1時間ずつ参加。ドレス姿などで1477席ある大ホールに立ち、名器の奏でる音色を楽しんだ。
 参加者からは「気持ちが沈んだ日が続いたが、ピアノが弾けたので音楽の素晴らしさを心の底から感じた」「一生の思い出になりました」という感想が寄せられた。
 岡田誠館長は「大勢の方に喜んでもらえ良かった」と話した。  

東京競馬会創立記念品(大田区立郷土博物館提供)

◆大田区

 人口73万8232人(8月1日現在)。面積は60.83平方キロで23区最大。羽田空港のお膝元、蒲田駅周辺は羽根つきギョーザ発祥の地と言われ、「黒湯」銭湯も楽しめる。町工場が多く、モノ作りの街と言われ下町の面影があるが、高級住宅地の田園調布もある多様な街だ。
 ★「太田」と間違われやすいが由来を知れば納得。1947(昭和22)年に、当時の大森区と蒲田区が合併して、誕生したから「大田区」。
 ★日本人による初の洋式競馬が1906(明治39)年、池上競馬場で開かれたが、大盛況のため政府が馬券販売を禁止し2年で閉鎖に。

◆編集後記

 大田区下丸子の六所神社と、川崎市中原区中丸子の神明大神ではかつて一つの村だったという意識からか、各総代は竹を半分に割った「割符(わりふ)」と呼ばれる合わせ物を持ち、互いの神事に参加していた。残念ながら今回は現状を追えなかったが、川を隔てた後も、互いの健康や幸せを祈るための機会を大切にしていた先人の姿勢は、コロナ禍で「分断」が目立つ今こそ大切にしたい精神かもしれない。
 ◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へ。

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