別姓認められず、築いたキャリア崩れた…煩雑すぎる改姓手続き

2022年3月10日 06時00分
<通称使用の限界~選択的夫婦別姓を求めて㊤>
 東京の米国系投資ファンドで働く多田咲さん(34)=仮名=はこの冬、結婚前提で1年半付き合った男性と別れた。「改姓したくないので法律婚ではなく、事実婚を望む気持ちを理解してもらえなかった」

◆通称使用は「無意味」

 2018年、元夫と最初の結婚をした。義母や元夫の強い要望で改姓すると、「非合理な手続きの連続だった」。役所や金融機関での名義替えは平日の日中しかできず、投資を担当する株式市場の取引時間と重なる。「その間に席を外すのはタブーだが、休みを取らざるを得なかった。これでは顧客の資産を守れない。結婚して改姓するのはほぼ女性。女性ばかりが不利益を被る」。副業で経営している会社の名義変更は法務局に3万円を支払った上、手続き完了まで2週間かかり、その間の取引が滞った。
 政府は旧姓の通称使用を推進するが、多田さんは「無意味」と言い切る。改姓すると、戸籍名にひも付けされた学位や実績が分断される。数年ごとの転職が一般的な投資ファンド業界では、社内外で混乱を招く上、キャリアアップの足かせになる。何より努力で築いたものが崩れたようで、うつ症状でしばらく通院したという。

◆海外の友人「男尊女卑は本当なんだ」と驚く

 結婚後2年で離婚。宮崎市にいる実母(64)は精神的に沈む多田さんから、再び一つ一つを旧姓に戻す手続きをしていると聞いた。「詳しくは聞いていないが、つらかったと思う」。結婚前の実母自身が珍しい姓で、一人っ子でもあり、本当は結婚で改姓したくなかった。だから多田さんが再婚で別姓を願う気持ちは理解できた。「私の旧姓はこの地方では絶えた。別姓が選べれば、こんなことにならなかったのでは」と思いやる。
 別姓の法律婚が認められていないのは世界でも日本だけ。多田さんの海外の友人らは「いまだにそんな制度あるの?」「男尊女卑の国と聞いてはいたけど、本当なんだね」と口をそろえる。多田さんも思う。「非効率な制度で女性の道を閉ざす日本は、投資対象としても魅力がない」

◆ためらった結婚「仕方ない選択」

 東京都中央区の林みづきさん(41)=仮名=は2人姉妹の長女で、家業の不動産業を継いだ3代目社長。社員に慕われる創業者の祖父を見て育ち、子どもの頃から「祖父のようになりたい」と承継を考えていた。
 子だくさんの母になる夢もあったが、祖父の姓を守りたい気持ちが強く、なかなか結婚に前向きになれなかった。4年前、会社員の夫(36)と結婚。互いに姓を変えない事実婚だ。「別姓の法律婚が認められていないので、仕方のない選択だった」。生まれた娘の姓は、夫婦で話し合い、母親の姓にした。
 女性の事業承継者らの支援に取り組む一般社団法人「日本跡取り娘共育協会」が昨年、女性経営者191人から回答を得た調査では、30.9%が「改姓が結婚をためらわせる要因になった」と答えた。改姓に伴う手続きの煩雑さやコストが「経営者として不便・不都合を感じた」は61.8%に上った。
 「創業者は父で、私は配偶者の姓なので、銀行や取引先に不審がられる」「特許で旧姓が認められておらず、混乱をきたした」などの声も。選択的夫婦別姓制度があれば「別姓を選ぶ」は64.4%、相手と相談して決めるなど「その他」が16.3%で、8割以上が選択肢を持つことに意義を感じていた。

 旧姓の通称使用 結婚後も仕事を続ける女性らが戸籍上の姓を変えることによる不便さを解消しようと、政府が運用拡大を進めている。税金控除や相続など法律婚による権利を享受しながら、希望すればマイナンバーカードや住民票、運転免許証などに旧姓を併記できる。ただ納税や年金受給など、戸籍名の使用しか認められない手続きも多く、使い分けの混乱といったデメリットも指摘される。

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 選択的夫婦別姓を求める声が高まっている。政府は旧姓の通称使用で対応できるとするが、本当にそうなのか。連載の㊦は、海外では旧姓使用が難しい実情を紹介する。(砂本紅年)

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