元バレーボール女子日本代表の大林素子さん(48)は3度の五輪に出場。エースとして活躍したが、いずれもメダルには手が届かず、悲運のプレーヤーとなった。引退後はスポーツにとどまらずタレント、女優としてもマルチな才能を発揮している。スポーツ中継やバラエティー番組で見せる明るいキャラからは想像できない、挫折やコンプレックスを赤裸々に語った。
「解職処分とする」
手渡された紙に、そう書いてありました。日立に所属していた1994年11月30日の昼過ぎでした。
午前の練習後、呼び出しを受けた私は近くの工場でバレー部の部長、副部長に会いました。そこで即日解雇を告げられたのです。午後3時以降は体育館への立ち入りを禁止する-とも言われました。続いてトモ(吉原知子)も。寮に住んでいたトモは「今日中に荷物をまとめて出ていきなさい」と命じられました。
呆然(ぼうぜん)として練習場の体育館に戻ると、食事係のおばちゃんがいました。事情を話すと「じゃあ、パンを持っていきな」と、スーパーの袋に菓子パンやロールパンを詰めて渡してくれました。
88年のソウル五輪で4位。その後の4年間、がむしゃらにやりましたが、バルセロナ五輪は5位。「どうすればメダルを取れる?」。そう悩んだとき、五輪のメダリストたちがイタリアのプロリーグ・セリエAに参加していることに思い至りました。