食糧難対策で推奨の昆虫食、SNSになぜ蔓延「陰謀論」

食用コオロギを粉末状に加工した「グリラスパウダー」。徳島の高校ではこの粉末を使ったコロッケが提供された(グリラス提供)
食用コオロギを粉末状に加工した「グリラスパウダー」。徳島の高校ではこの粉末を使ったコロッケが提供された(グリラス提供)

コオロギをはじめとした昆虫食が議論を呼んでいる。きっかけは四国の高校での昼食。食用コオロギの粉末を使った食材を希望者に提供したところ「生徒を殺す気か」などのクレームが相次いだ。騒動は同様の商品を販売する企業にも飛び火。昆虫食が推奨されることへの違和感が抗議に発展したとみられるが、インターネットの交流サイト(SNS)を見ると、不可解な投稿も目につく。<コオロギ食で人口削減>―。一体、何が起きているのだろうか。

「コオロギを生徒に食べさせたのは本当か」「生徒の体調が心配だ」。今年2月、徳島県立小松島西高校(同県小松島市)にこんな問い合わせが殺到した。

事の発端は昨年11月にさかのぼる。調理師を目指す同校食物科の生徒が、食用コオロギの粉末を使ったコロッケを手作りし、昼食として希望する生徒に提供。国連の持続可能な開発目標(SDGs)への理解促進が目的で、事前に生徒や保護者に説明、地元メディアにも好意的に取り上げられていた。

だが、3カ月近くが経過してから突然、電話での問い合わせが殺到。県教育委員会によると、県外からのものが多かったとみられ、「保護者からは1件もなかった」(担当者)という。

問い合わせは、コオロギの粉末を提供した徳島大発のベンチャー企業「グリラス」(鳴門市)に波及した。ただ、目立ったのは昆虫食への一般的な嫌悪感ではなく、過激な主張だった。「コオロギには発がん性がある」「食べたら死ぬのに」

騒動はその後、他の企業や組織にも広がった。SNSで名指しされたのは、コオロギ粉末を練りこんだパンや洋菓子を手がける企業、粉末を使った機内食を提供する航空会社など。SNSで「不買運動」を呼びかける人もいる。

アジアやアフリカ、南米などで食文化の一つとして定着している「昆虫食」が改めて注目されたのは2013年。国連の食糧農業機関(FAO)が人口増加や食糧不足対策として推奨する報告書を公表したのがきっかけだ。家畜に比べ、昆虫は少量のエサで養殖でき、環境への負荷が低い。

だがSNSで「コオロギ」と検索すると、<コオロギ食の目的は新たな人口削減計画だ>といった投稿も目立つ。<国は6兆円の税金を使い有害な昆虫食を推進している>などといった陰謀論も拡散している。

農林水産省によると、同省は先端技術を使って食材を人工的に生み出す「フードテック」の関連企業などを支援した実績はあるが、昆虫食に特化したものではない。各年度の予算を合計しても、流布されている金額には届かないという。

なぜ、昆虫食はネットでこうもたたかれるのか。国際大グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授(ネットメディア論)が指摘するのが、昆虫食と陰謀論の「相性の良さ」だ。

山口氏によると、未知でセンセーショナル、ショッキングな情報ほど、陰謀論との親和性が高い。拡散している投稿の中には、新型コロナワクチンに関する陰謀論と酷似したものもあった。

ただ、国内では昆虫食への抵抗感は小さくないのも事実だ。約1千人を対象としたホットペッパーグルメ外食総研の調査(昨年11月)では、約9割が昆虫食を「避ける」と回答している。普及には利点の周知に加え、安全性の確保が必須だが、山口氏は「嫌悪感から陰謀論にたどり着く人もいる」と指摘。「それぞれの思想は自由だが、業務妨害などの行為には厳正なる対処が必要だ」と述べた。

昆虫食 人口爆発などで世界的な食料不足の懸念が高まる中、打開策の一つとして注目されている。国連の食糧農業機関(FAO)は2013年の報告書で、少なくとも20億人が伝統食として昆虫を食べていると推定。日本でも長野県などで採取したイナゴなどを食べる伝統がある。次世代の食料源として食用昆虫の活用を模索する動きが広がり始めており、大企業も参入を進めている。日本能率協会総合研究所は、世界の市場規模は19年度の約70億円から25年度には1千億円に達すると予測している。

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