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ヴェネチア国際映画祭受賞なるか 日本のVR演劇ノミネート「三度目の正直」

ヴェネチア国際映画祭XR部門にノミネートされたVR演劇「Typeman」の映像より
ヴェネチア国際映画祭XR部門にノミネートされたVR演劇「Typeman」の映像より

8月31日より、世界三大映画祭の一つ第79回ヴェネチア国際映画祭が、2年ぶりに対面形式で開催される。近年は新たな表現手段も対象となり、VR(仮想現実)などを評価するクロスリアリティー(XR)部門に、日本のVR演劇作品「Typeman」(伊東ケイスケ監督)がノミネートされた。伊東作品のノミネートは3年連続で、受賞への期待が高まる。

メタバース空間で展開

「Typeman」は、インターネット上の巨大仮想空間「メタバース」で、演者が実演する形で進行する約25分間の作品。タイプライターを擬人化したTypemanは、演者の動きをモーションキャプチャーでリアルタイムで捉え表現。一方、視聴者は頭にゴーグル、両手にコントローラーを装着し、分身であるアバターとして参加する。双方が同じ仮想空間に入り、コミュニケーションを取りながら展開する。

物語は、人とのつながりを見つめ直す内容だ。視聴者らが古びたアパートの一室に入ると、Typemanに遭遇。かつては多くの人に必要とされ、喜怒哀楽を共にしてきた存在が、忘れ去られている様を目の当たりにし、それぞれの存在意義を問いかける。

画面はセピア色が基調でノスタルジックな雰囲気。オリジナルの音楽に乗ってTypemanが踊り、また視聴者がタイプライターのキーを押すと、光ったり音がするなど、視聴者の動きに演奏や演出が連動し、「どこの国もまねできない技術。物語の基本は同じだが、参加者の体の動きによって、毎回変化する」(製作のWOWOW広報、川口綾さん)という。映画祭開催中は、Typeman役のYAMATOさんらが現地時間に合わせ、日本から参加。「空間を超えた、正に未来の演劇」(川口さん)だ。

VR演劇「Typeman」に入り込んだ視聴者は、古びたタイプライターを見つける
VR演劇「Typeman」に入り込んだ視聴者は、古びたタイプライターを見つける


視聴者がタイプライターのキーを押すと、音や光が生じる効果も
視聴者がタイプライターのキーを押すと、音や光が生じる効果も

三度目の正直なるか

ヴェネチア国際映画祭で、「Typeman」がノミネートされたのは、VRやAR(拡張現実)、MR(複合現実)など最先端技術を利用したXR部門「Venice Immersive」。同映画祭のVR部門は2017年に新設されたが、今年度からXR部門として対象を拡大した。

伊東監督はVRアニメーション監督として国際的に活躍。ヴェネチア国際映画祭へのノミネートも3年連続だ。2019年に「Feather」がVR部門で日本人初のプレミア上映を果たし、20年には「Beat」、21年は「Clap」がそれぞれ同部門でノミネートされた。三度目の正直となる今回、作品について伊東監督は「Typemanとともに喜びや悲しみ、戸惑いなどさまざまな感情を共有することで、孤独感を吹き飛ばしてもらいたい。この作品を体験する方と、Typemanがお互いに存在を認め合うことで、私たち自身がこの世界に存在している意味をあらためて感じるきっかけになれば」と話す。ノミネートは30作品で、受賞作は映画祭最終日の9月10日に発表される。

どこか懐かしい空間で、他者とのつながりを考え直す物語
どこか懐かしい空間で、他者とのつながりを考え直す物語

コロナ禍がVR演劇の〝追い風〟に

新型コロナウィルス感染者による演劇公演中止がなお相次ぐ中、VR演劇は上演形式の一つの選択肢になりつつある。

2020年10月には、演出家のタニノクロウ率いる「庭劇団ペニノ」が、代表作「ダークマスター」を池袋・東京芸術劇場で、VR演劇として上演した。観客はアクリル板で仕切られた座席でゴーグルを装着。すると主人公の視点による実写映像が映し出され、作品内で調理の動きをすると、匂いまで漂う仕掛けは話題を呼んだ。

今年2月にも終末医療をテーマにした「僕はまだ死んでない」(原案・演出 ウォーリー木下)が、通常公演に加え、VRでの生配信も行われた。脳卒中で身体が不自由になった主人公が、病室を訪れた家族や担当医らと、治療を巡って議論を交わす物語。観客は3台のカメラを自由に切り替え、目しか動かせない主人公の視点を体験する仕掛けだった。

VR演劇は空間制限がなく、感染リスクも避けられるため、コロナ禍がある種の〝追い風〟になった表現手段ともいえるだろう。(飯塚友子)

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