衝撃事件の核心

西部邁さん自殺2人逮捕、衝撃の展開 社会的にも議論

西部邁さん
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今年1月に入水自殺した評論家の西部邁(すすむ)さん=当時(78)の自殺を手助けしたとして、今月5日、西部さんと親交のあった知人2人が自殺幇助(ほうじょ)容疑で、警視庁に逮捕された。西部さんは以前から「自裁死」の意思を公言。2人は「先生の死生観を尊重した」「お世話になった先生のため」などと動機を語ったが、遺族の心境は複雑だ。西部さん自身や、その死を手助けした2人の決断は正しかったのか-。事件の舞台裏を振り返り、その死が日本社会に与えたものを探った。

浮上した疑惑

事件の経過はこうだ。1月21日早朝、東京都大田区の多摩川で西部さんの遺体が見つかった。遺書が残されていたが、捜査関係者が「当初から事件性を疑っていた」と話す通り、状況には不自然な点があった。

発見時、西部さんは土手の樹木にロープで体を結ぶなどしていた。しかし西部さんは手が不自由で、単独作業は不可能とみられた。現場には街灯がなく、近隣住人からは「初めて来た人は夜間に1人で川まで行けない」との証言もあった。

さらに自殺前日の深夜、一緒に飲酒していた長女(49)に残した「これから人と会う」という言葉も疑惑を深めた。死が明らかになった後も、この人物が長女に名乗り出ることはなかったためだ。

警視庁は周辺の防犯カメラ映像などの捜査を開始。また「知人らを総当たりした」(捜査関係者)というほどの広範な聴取も行った。その結果、2人の人物が浮かび上がる。西部さんが10年近く出演していた番組の編集担当者で、東京MXテレビ子会社社員の窪田哲学(45)と、西部さんの私塾の塾頭、青山忠司(54)の両容疑者だ。

これまでの調べでは、2人は西部さんから依頼され、昨夏ごろから道具の購入や現場の下見などの準備を進め、当日もレンタカーで西部さんを現場まで案内したとみられている。

遺族「申し訳ない」

西部さんと両容疑者の関係は深い。自殺の約10日前にも、3人は東京MXテレビの番組「西部邁ゼミナール」の収録で会っていた。

「立派な人」「お世話になった方」。番組の中で西部さんは2人をこう評し、「本当に幸せなのは死ねること」と自らの死生観を改めて語っていた。それでも、その2人が自殺の手助けをしていたという事実は、西部さんの家族すら想定していないことだった。

西部さんと同居し、著作の口述筆記を任されるなどしていた長女は2人の逮捕を受け、取材に「お二人とも真面目な方。父の自殺の意思は知っていたが、まさか人を巻き込むとは思っていなかった。申し訳ないことをしたという思いです」と複雑な心境を明かした。

巻き起こった議論

西部さんは自書で「自然死といわれるものの実態は『病院死』にすぎない」と述べ、「自裁死」の意思があることを明かしていた。だからこそ、その死の当初から、親交のあった関係者らからは「知識人としての矜恃(きょうじ)を示した」「決断を受け入れる」などとの肯定的な評価がなされた。一方で、「残される側のことを考えておらず、身勝手だ」などと否定的な声が一部であったことも事実だ。

自殺幇助が明らかになると、ワイドショーやインターネット上などでさらなる議論が起きた。「いくら親しくても、家族のいる相手に違法行為を手伝わせるべきではなかった」「それでも西部さんの意思に殉じた2人は立派だ」「西部さんは2人が罪に問われるとは想定していなかったはずだ」「2人は断れなかったのではないか」-などだ。

西部さんが自身の死の影響をどこまで考えていたかは分からない。しかし、その自殺が「安楽死」の認められていない日本で、自分の命への向き合い方について議論を呼び起こし、人々を考えさせるきっかけとなったことは確かだ。それこそが、あらゆる価値が相対化されていく日本の行く末を憂えていた西部さんが最後にわれわれに残してくれたものかもしれない。

西部邁

保守派の論客・評論家。昭和14年3月生まれ。東大在学中、全学連中央執行委員として安保闘争に参加し、学生運動を指揮。東大教授などを務める一方で評論活動を行い、「経済倫理学序説」で吉野作造賞、「生まじめな戯れ」でサントリー学芸賞を受賞した。東大教授辞任後は討論番組や雑誌で言論活動を展開。正論執筆メンバーとして改憲論に正面から取り組み、平成4年、第8回正論大賞を受賞した。

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