苦渋のアーケード撤去が思わぬ効果 大阪・肥後橋商店街「明るくなった」

 「日本一短い商店街」を自称していた「肥後橋商店街」(大阪市西区)のアーケードが完全に撤去された。加盟店の減少が相次ぎ、管理維持費年間約350万円の支払いが厳しくなった末の苦渋の決断だったが、撤去後は街の様相が一変。道路が明るくなったことで、近くのビジネス街からサラリーマンやOLが訪れるなど思わぬ効果が表れているという。

 「明るくなって歩きやすくなり、人通りもお客さんも増えた」

 同商店街振興組合の萩原雄二理事長(65)は笑顔を見せた。萩原理事長が営む食堂「福助」は、アーケード撤去前は週数回は閑古鳥が鳴いていたが、撤去後は「毎日が忙しくなった」という。

 平成6年ごろに付け替えられたアーケードは全長79メートルしかなく、「日本一短い商店街」を自称していた。近くには「日本外史」の著者で知られる江戸時代後期の漢学者、頼山陽の生家跡の石碑もあり、地元で親しまれてきた。

 しかし、かつては20軒以上もあった店舗は、現在は10軒程度にまで激減。加盟店も減少し、アーケードの管理維持費の捻出さえも厳しくなってきたことから撤去を決断。数年前から関係先との話し合いや調整を進めてきた。

 撤去工事は昨年12月から今年1月末まで行われ、アーケードだけでなく地面を覆っていた舗装タイルもすべて取り除かれた。

 近くの事務所に勤めるアートディレクターの福家一仁さん(51)は、様変わりした街の風景に「アーケードという境界がなくなるだけで、こんなに雰囲気が変わるとは…」と驚きを隠さない。仕事柄、タウンウオッチングを続けているという福家さんは「以前は明らかに買い物目的の年配女性ぐらいしか通っていなかったが、今ではビジネスマンも普通に歩いている。商店街の表情はなくなったが、街に溶け込んでいるように思う」と話していた。

 商店街の象徴ともいえるアーケードがなくなったことで存在意義が変わろうとしているが、萩原理事長は「孫のためにもこの場所は守っていかんとあかん」と活気が戻ることに期待を込めた。

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