名物カニに異変、船も家も家族も失った 周期的な変化か、それとも…
米西部サンフランシスコの冬の味覚「ダンジネスクラブ」。ワタリガニの一種で、ぎっしり詰まった甘い身は観光客に絶大な人気を誇る。カリフォルニア州の漁業収入の約4分の1を占める、この名物カニに近年、異変が起きている。
「いつ漁を始められるか? まだ分からないよ」。昨年11月、サンフランシスコ北西の町ボデガベイ。漁具の手入れをしながら漁師のディック・オッグ(68)とジョン・バーネット(56)がぼやいた。
きっかけは2013年に太平洋沖で出現した「ブロブ」と呼ばれる巨大な暖流だった。海水温が通常より2・5度も上昇し、有毒な藻が大量発生。カニから神経性毒ドウモイ酸の検出が相次いだ。以降、国は漁の解禁前に義務付けるカニのサンプル検査を強化した。
指定海域の異なる水深から複数のカニを採取。公衆衛生局の検査で、カニ1匹につき、30ppm(1ppmは100万分の1)の基準値を下回ることが確認されるまで漁の許可は下りない。「基準値を上回った場合、再度2回の検査をする必要がある」(オッグ)
通常、カニ漁は11月から始まるが、最近は遅延が常態化している。2人によると、15~16年には近くのモントレー湾で採取されたカニから基準値の20倍以上の600ppmを超えるドウモイ酸が検出され、カニ漁は壊滅的な打撃を受けた。漁の開始は数カ月も遅れ、漁獲高は例年に比べて半減。損害は1億ドル(約120億円)超に上り「船や家だけでなく(一家離散して)家族まで失う人が何人も出た」という。
さらに漁師たちを悩ますのが、周辺海域で増え続けるクジラの存在だ。17年ごろからカニ漁の網にクジラが絡みつく事故が急増したため、州はクジラ保護の法律を制定。クジラが漁場からいなくなったのを確認できるまで漁は禁止される。
「気候変動の影響なのか、捕鯨禁止による個体数の増加なのか原因はよく分からない」とバーネットはこぼす。昨年11月にも100頭以上のザトウクジラが確認され、2人が操業する海域では12月29日まで漁解禁が延期された。
20年以上漁業を営むオッグは「海には周期的な変化があり、気候変動との因果関係は分からない。今年は海水温も高くなかったが、ドウモイ酸の問題が依然残っている。『これが原因』と問題を特定することはできないんだ」ともどかしさをにじませた。
「責任は明らか」石油・ガス会社を提訴
異変はカニだけではない。州内の主要河川では干ばつによる水温上昇でキングサーモンが大量死し、昨夏の稚魚の生存率はわずか2%だった。
サケ漁にも従事するバーネットは「繁殖できない限界値に達してしまうと、回復するのが非常に難しい。気候変動の怖さは急激な環境の変化によって、その種が突然消滅してしまうことだ」と危機感を強める。
温暖化による不漁に苦しむカリフォルニア、オレゴン両州の漁業者たちは18年、化石燃料が環境に悪影響を与えているとして石油・ガス会社を提訴した。「被告は化石燃料の使用を減らして低炭素社会の促進に努める代わりに、その危険性を隠蔽(いんぺい)してきた」と訴える。
漁業者の中には「船を動かすにはオイルが必要。燃料がなくてどうやって漁をするのか」と訴訟に疑問を投げかける声もある。訴訟原告の太平洋岸漁業組合連合会事務局長マイク・コンロイ(57)も当初は同様の矛盾を感じていた。だが、石油・ガス業界の実態を知るにつれ、次第に考えが変わったという。「彼らは科学者の警告を隠し、温暖化を抑制するための対策を妨げ続けた。その責任は明らかだ」 =文中敬称略
(カリフォルニア州で、金子渡)