中国、成長の陰にゴーストタウン
編集委員 後藤康浩
「神々がシーシュポスに科した刑罰は休みなく岩を転がして、山の頂上まで運び上げることだった。だが、山頂に達すると岩はいつも転がり落ちてしまうのだった」。フランスの作家、アルベール・カミュは代表作のひとつ『シーシュポスの神話』のなかで、無益な労働の繰り返しほど空虚で残酷なものはないことを描いた。だが、それは人間の営みそのものを象徴しており、人は死ねば築き上げたものがすべて消え去るという真理を指している、といわれる。
■巨大開発区にまばらな人影
中国各地に「鬼城(グイチャン)」と呼ばれる巨大ゴーストタウンが出現している。山を削り、谷を埋め、工場用地を造成し、林立するオフィスビルに高層マンション群、広大な港湾、空港、高速道路、国際展示場、博物館、サッカースタジアム、緑もまぶしい公園や人工池――。数十から数百ヘクタールの土地に数兆円の資金を投じて、つくり上げられた目を見張る開発区だが、広大な工場用地には建物はなく、ビル群やマンションには人影もまばら。夜になっても灯りが点る窓はごくわずかだ。13億7000万人の人口を抱える中国で、これほど人の気配のない場所があるのかと驚かされる。
河北省唐山市曹妃甸(そうひでん)もそんなゴーストタウンのひとつだ。9兆円を超える費用を投じてつくられたが、北京から移転を迫られた製鉄所が存在感を放つだけで、工場は数えるほど。オフィス街で唯一人の出入りがあるのは、北京の中央官庁にも匹敵するような巨大ビルを持つ曹妃甸開発委員会。工場進出予定とされる空地を走る道路の両側には10メートルおきに太陽光発電パネルと小型風力発電機が取り付けられた街路灯が延々と続く。その距離は10キロにも達しようかという規模だ。このようなゴーストタウンが中国全土には大きなものだけで20~30はあるとされる。広東省の新聞は河南省鄭州、遼寧省営口、内モンゴル自治区のオルドスなど「12大鬼城」を紹介している。中国経済の高成長を支えたインフラ投資の大きな部分を占めたのは、こうした鬼城だった。
■"中国版シーシュポスの神話"
こうした鬼城は使われないまま朽ち果て、やがて取り壊され、再び新規のビルや道路が建設される。それもあまり長い時を経ず、朽ち果てるのかもしれない。中国経済にとって、広大な開発区、オフィス街、マンション群が活用されるかどうかはあまり意味を持たず、鉄鋼、セメント、ガラス、樹脂など膨大な素材を使い、建機と労働力を投入することにこそ意味があり、その繰り返しが成長の原動力となった。"中国版シーシュポスの神話"である。体制存続のために中国共産党に課せられた役務だった。
こうした"中国版シーシュポスの神話"を成り立たせたのはシャドーバンキングと理財商品である。各地方政府は投資回収も期待できない無謀な投資の資金を一般の予算や通常の金融システムを通じた借り入れでは手当てできない。一般的ではない資金調達手段がシャドーバンキングからの高利の借り入れであり、借り入れ主体となったのは地方政府がインフラ建設、運営を目的につくった企業だった。政府傘下だが、政府そのものではない企業が莫大な資金を調達した。
シャドーバンキングの資金源となったのは理財商品と呼ばれる高利をうたった金融商品だ。北京や上海など大都市はもちろん地方都市でも銀行の窓口や街中の投資会社で購入できる。30日、45日といった短期が中心で、長いものでも182日といった投資だ。購入する側も年利25%、30%といった高利のリスクを知りつつ、短期償還ゆえに買うという金融商品。「誰かが最後にはババを引くが、それは自分ではない」と誰もが考え、購入している。だが、開発区をつくった地方政府の関連企業がシャドーバンクへの返済ができなくなれば、理財商品の償還も不能になる。理財商品の償還不能はすでに江蘇省連雲港などで出ており、焦げ付いた理財商品を買っていた市民が市庁舎に押しかける騒ぎも起きている。これが広がれば、理財商品とシャドーバンクによる資金供給手段は消え、中国の活況を生んでいたバブルは崩壊に向かうだろう。
■シャドーバンキングが生む"幽霊需要"
"中国版シーシュポスの神話"が創り出していたインフラ分野の工業製品需要も蒸発する。ここに到れば、世界は中国政府がつくり出していたのは有効需要ではなく、"幽霊需要"にすぎなかったことに気づかされるだろう。そのインパクトは2008年9月のリーマンショックを上回る恐れがある。ゴーストタウンが生まれる過程では巨額の賄賂が飛び交い、その多くは海外預金に流出しているといわれる。中国経済の不条理は底知れない。