横河電機、バイオ素材に挑む意味 黒子がタブー破り?
横河電機がバイオ技術を使った素材の自社生産に乗り出した。主力の製造業向け制御・計測事業で培った技術や知見を生かして、高効率の抽出技術や製造工程、設備を開発し、化学や食品、製薬業界などにバイオ素材を提供する。創立から100年超、顧客企業の生産設備の安定操業を支えてきた黒子が製造分野への新規参入という「タブー破り」をする意味は何か。
「製紙会社は非常に大切なお客様。我々はまだ新会社をつくってスタートしたばかりで、将来は分からないが今は製品のすみ分けもできそうです」。そう謙遜する横河電機の奈良寿社長だが、事業スピードは速い。
「バイオ由来の製品を生産して世に出す」
2021年1月に子会社の横河バイオフロンティア(東京都武蔵野市)を設立し、このほど100%植物由来素材の硫酸エステル化セルロースナノファイバー「S-CNF」の製造販売に新規参入した。セルロースナノファイバー(CNF)といえば、日本製紙や王子ホールディングスなど製紙大手はじめ様々な素材メーカーが事業化したものの、化粧品や建材、自動車材料などの用途拡大がなかなか進まない新素材。
他社製品がゲル状で提供されるのに対して、横河バイオがサンプル提供を始めたCNFは粉末のため、濃度調整が自在なうえ、輸送効率が向上するのが特徴という。横河バイオでは、化学や素材業界向けに製品を販売するほか、商用生産のライセンス供与やコンサルティングにも取り組む。
「石油由来でなく植物などバイオ由来の製品を我々自身が生産して世の中に出していく。プラントも建設する予定。こうした試みはこれまでで初めてだ」。一体、何が奈良社長を新規事業に駆り立てるのか。
制御システム世界大手の横河は長年、エネルギーの上流下流、化学や鉄鋼、素材などあらゆるプラントの安定操業を支えてきた。ものづくりを支える側から素材開発製造という表舞台への進出は一見すると「領空侵犯」にも映るが、これは時代の要請に基づいた必然とも言える決断だった。
20年に襲った新型コロナウイルス禍が引き金となって製造業の投資減退など経営環境が一変し、横河電機も受注高が大きく落ち込んだ。奈良社長ら経営陣は事業構造を見直して戦略を転換すべき時期を迎えたと判断した。脱炭素と資源循環社会の分野でより大きな価値を提供できないかと議論し、新たな素材を自ら生産して市場開拓することを決めた。
化石資源に依存する大量エネルギー消費構造から抜け出すには、生物学に由来するバイオ技術の活用が一つのカギになる。化学合成ではなく、生物を構成する細胞の仕組みや働きを生かして新たな素材を開発できれば、環境負荷が減ってカーボンニュートラルの実現に貢献できる。
既にバイオ技術活用が進んでいる再生医療やヘルスケア分野だけでなく、工業やエネルギー、農業、食品など幅広い用途が期待される。経済協力開発機構(OECD)が世界のバイオエコノミー市場が30年にはおよそ200兆円に膨らむとの予想を出したこともある。
細胞の代謝を予測して制御する技術も
夢は膨らむが、実際には「発酵や細胞培養などバイオ合成によって素材を生産することは化学合成に比べて非常に難しい」と奈良社長は明かす。水溶媒で反応させるバイオ合成は、反応効率が悪い、分離回収に手間やコストがかかる、といった生産面での課題が多い。この課題解決に生きるのが、横河が積み上げたものづくりの現場での経験値だ。
プラント操業や素材開発における計測や検査・解析、制御。そして、それらで得たデータ活用に関するノウハウがある。バイオ抗体薬生産ソリューションで蓄積した、細胞の代謝を予測して制御する、細胞の活性度や生きている細胞数を測る、などの技術もある。こうしたノウハウや技術をつなぎ合わせることで、バイオ技術を駆使した新たな素材を開発し量産できる。
20年8月にはスイスのスタートアップ、ブルームバイオリニューアブルズと資本業務提携したと発表した。ブルーム社は植物由来のバイオマス材料から化学物質や燃料を製造する技術を持つ。非食用の農業廃棄物や木材からヘミセルロースやリグニンなどの成分を抽出する技術と、横河の工業生産プロセス自動化のノウハウを融合させる。
30年度に連結売上高1兆円へ
横河は30年度に連結売上高を20年度比2.7倍の1兆円規模にする目標を掲げる。主力の制御の売上高を2倍、測定器を3倍にし、加えてバイオ関連ビジネスを含む新事業などの売上高を20倍に増やす野心的な構想だ。
「厳格なコントロールで製品をつくることが横河の得意分野。スイス企業との提携によって技術を獲得したように、今後も足りない要素はM&A(合併・買収)や人材獲得で補ってバイオ素材事業のスピード成長にチャレンジする」。奈良社長はこう意気込む。
脱炭素の風を受けて、素材産業は化石資源をベースとしたこれまでのビジネスモデルの大転換、技術の見直しを迫られている。
他の産業に目を向けると、半導体では回路設計が複雑になりすぎて、半導体の集積度が18カ月~2年で2倍になる「ムーアの法則」の終わりが懸念された00年代初め、英半導体設計大手アームが急成長し半導体の中枢回路をライセンス提供するビジネスモデルを確立した。現在ではほとんどの半導体メーカーがアームのコアなしでは最先端半導体を開発できないようになった。
混沌とする素材産業でも、イノベーションの起点となった企業を軸に産業のパワーバランスが大きく変わる可能性がある。「素材業界のアーム」。10年後、横河がそんな異名を取っていてもおかしくはない。
(日経ビジネス 岡田達也)
[日経ビジネス電子版 2021年9月24日の記事を再構成]
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