レノボNEC始動、「圧倒的シェア」実現へのシナリオ
日本のパソコンメーカーでシェア1位のNECと、中国最大のパソコンメーカーであるレノボグループの合弁会社、レノボNECホールディングスが2011年7月1日に発足し、4日に会見を開いた(図1)。同社の高須英世社長は、「(国内市場で)圧倒的なシェアを築きたい。具体的な数字は決まっていないが、30%が目標」と"巨大"パソコンメーカーの始動への決意を表明。ロードリック・ラピン会長は「慢心することなく、革新的な製品を提供し、より強い事業体に成長させていく」と述べた。
グローバル化しなければ競争力を失う
NECとレノボが国内のパソコン事業部門を束ねる新会社の設立を発表したのは2011年1月27日。以来約5カ月の準備期間を経て、事業統合を実現させた。NECの日本市場でのブランド力や充実したサポート体制、レノボの世界的な部材調達力や堅牢技術といった特徴を生かし合い、グループ事業体として国内パソコン市場で圧倒的な地位を構築する狙いがある。
事業統合の最初の取り組みとして個人向けパソコンの電話サポート部門を統合し、サポート体制の充実を図る。また、主要部材の共同調達によるコスト削減も推進する計画だ。
新たな合弁会社「レノボNECホールディングス」は、NECが49%、レノボグループが51%を出資する持ち株会社。NECの子会社でパソコン事業を運営してきたNECパーソナルプロダクツのパソコン事業部門は「NECパーソナルコンピュータ」と名称を変え合弁会社の傘下に入る。同様に、レノボグループの日本法人であるレノボ・ジャパンも傘下に収まる(図2)。
NECパーソナルコンピュータとレノボ・ジャパンのシェア合計は約25%となり、大きく2位以下を引き離す。
長く国内市場に君臨したNECブランドが海外企業と手を組む。それはグローバル化しなければ競争力を失う現在のパソコン事業を象徴する出来事でもある。
NECは大量生産でコスト削減を狙う
国民機と呼ばれたPC-9800シリーズで日本のパソコン市場を創出し、現在でもシェア1位を維持し続けているNECを、海外企業との合弁に駆り立てた理由は何か。最大の理由は生産コストの軽減だ。パソコンの価格競争が激化する中、日本国内の市場だけを見て開発・生産をしていたのでは、パソコン事業の競争力や健全性を損なう恐れがある。
調査会社のMM総研によると、1995年度の時点でNECの国内シェアは42.9%と圧倒的だった。しかし、パソコン市場が急拡大し、ライバルが増えた2000年度には23.6%まで減り、2010年度になるとシェアでは1位を維持し続けているものの、18.6%となっている。
じわじわとシェア低下が進む中、さらに単価の下落が重くのしかかる。MM総研の調査では、2001年度のパソコンの平均単価は15万7000円だったが、2010年度は8万7000円。10年もたたない間に7万円も下がった。
価格競争となれば、海外市場で製品を大量に売りさばいているメーカーの方が有利だ。部材を一度に大量に仕入れる、大規模な工場で効率的に生産するといった方法で、製造コストを下げられるからだ。実際、海外で一定のシェアを獲得している東芝は、日本市場でも低価格攻勢を仕掛け、着実に販売数を増やしている。米ヒューレット・パッカード、米デル、台湾エイサーといった海外メーカーも国内市場での存在感を高めている。
もちろんNECも無策であったわけではない。1995年には米国のメーカーであるパッカード・ベルに出資して海外進出を進めたが、1999年に撤退(図3)。その後は自社ブランドで海外事業を継続したものの、大きな成果を上げることなく、2009年に海外から撤退した。ライバルである東芝やソニー、富士通などが海外市場へも展開し、規模のメリットを確保してきたのとは対照的な状態だった。
こうした背景を見ると、国内パソコン市場での閉塞感を打破し、ライバル企業に対抗するだけのスケールメリットを得るために、NECが世界第4位のシェアを持つレノボを合弁の相手として選んでも不思議はない。
レノボは中国以外での成長を目指す
レノボにとっても、NECと組むメリットは多い。世界シェアの拡大という目標を持つ同社に取って、日本市場を一挙に掌握する最短の道だったからだ。レノボを率いる楊元慶CEO(最高経営責任者)は、「中国、日本、米国という世界3大市場の中の2つの市場で1位となり、より強固な事業体制を構築できる」と意義を強調する。
レノボは、2009年の世界シェア8.2%から、2010年には9.8%に伸ばした(図4右)。同社は、"守りと攻め"という言葉を世界戦略の指針として掲げてさらなる成長を目指している。グループの収益の柱となっている中国市場はしっかりと維持しつつ、それ以外の国でも積極的にシェアを伸ばしていこうというものだ。
中国市場では営業利益が5億2300万ドル(2010年度)に達しているのに対し、レノボの海外事業は利益面では芳しくなかった。しかし、米国や日本など先進国の市場では改善しつつある。先進国セグメントの営業利益を見ると、2009年度は6500万ドルの赤字だったが、2010年度は7800万ドルの黒字に転換したのだ。
日本市場だけを見ても、レノボ・ジャパンのシェアは拡大している。2009年度には4.5%だったが、2010年度には6.7%に到達し、「販売数の伸びはトップクラス」(レノボ・ジャパンのロードリック・ラピン社長)となった。そのための施策は打ってきた。まずテレビ機能を搭載するなど日本人が好む製品ラインアップを強化し、ThinkPadなど付加価値の高い製品の価格を下げた。取引先企業への窓口を一本化し、販売店やシステム・インテグレーターなどがレノボのパソコンを販売しやすくする仕組みも整えた。
この勢いを一段と加速するためにレノボが取った"離れ業"がNECとの合弁だったというわけだ。レノボは、2005年にも米IBMのパソコン部門を買収している。IBMのブランド力やThinkPadを開発していた大和事業所の技術力を入手したことで、その後の成長の礎とした。
今回の合弁でも、NECが持つブランド力や各種の技術を活用できることに対して、レノボ側の期待は大きい。その期待は合弁会社設立時の取引額にも現れている。レノボが海外で公開している資料によると、レノボはNECのパソコン事業の価値を、4億5000万ドル(1ドル80円換算で360億円)と見ており、レノボは合弁会社の設立にあたって、出資額とは別にNECに1億7500万ドル(140億円)をレノボ株で支払う。将来、一定の収益が獲得できた時点で残りの2億7500万ドル(220億円)をNECに渡すという。
合弁で期待できる効果は3つ
具体的にNECとレノボの合弁によって期待できる効果は3つある。(1)部品調達の共通化、(2)サポートの統合、(3)各種技術の共有化である(図5)。
(1)の部品調達の共通化によって、大幅なコスト削減が期待できる。2010年度のNECの国内出荷台数は年間で約270万台。これに対し、世界第4位のレノボは世界の年間出荷台数が約3400万台と10倍以上の差がある。NECは、テレビ機能を搭載するなど、日本市場に特化した製品を製造しているため、単純にあらゆる部品を共通化することはできないが、CPUやハードディスクなどの基幹部品を共通化できるだけでも効果は大きい。レノボの資料によると、合弁による効率化で捻出できるコスト削減額の試算は年間で1億ドル(80億円)という。
思惑通りに部材調達の効率化でコストを削減できたとなれば、その余剰資金をいかに活用するかが手腕の見せどころとなるだろう。レノボ・ジャパンのラピン社長は「一つは機能面で高い付加価値を持つNECの製品をより安い価格で提供すること。もう一つは、より日本に特化した製品を開発するための投資に使うこと」という2つの方向性を示す。ユーザーの中でも、「合弁によって製品の価格が下がることを期待する」(ある大手企業のシステム担当者)という声が聞かれる。こうした期待に応えるだけの土壌が整うことになるわけだ。
浮いたコストで製品強化
(2)のサポートの統合は、まず個人向けパソコンでの電話窓口で推進していく(図6)。2011年10月に、レノボの個人向けパソコンの電話サポート業務を、NECのサポート拠点に集約する。NEC は主に初心者に向けて丁寧に説明するサポートを重視してきた。NECは「サポート担当者の管理手法など、長年積み重ねたコールセンター運営の経験を生かし、レノボ製品でもNEC製品と同じレベルのサポートを提供する」(NECパーソナルコンピュータの高須英世社長)と自信を見せる。
企業向けは、従来と同じサポート形態を維持する。NECのユーザーには、全国400の拠点を持つNEC子会社のNECフィールディングがサポートをする。レノボは、サポート担当部門が対処する。企業向けのサポート統合については、両社間で今後議論を進めていく。
(3)の技術の共有化では、NECのパソコンにレノボの独自技術を取り込む、あるいはその逆の方法を取ることで、より完成度の高い製品の開発を目指す。
例えば、「NECには、本体表面の傷を抑えるスクラッチリペアと呼ばれる興味深い技術がある。テレビの映像を無線で飛ばす技術もある。将来、そうした機能をレノボの製品に採用していく可能性がある」(レノボ・ジャパンの内藤在正副社長)という。逆にThinkPadの開発で培った堅牢性、無線LANの感度を高める技術、バッテリー消費を抑える技術などを、自信を持ってNECに提供すると内藤副社長は説明する。
一方で、製品の製造や販売については、両社の現状の体制を維持する。事業全体の一層の効率化を目指して、今後検討を進めていく方針だが、現状では具体索が定まった状態ではない。
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(日経パソコン 松元英樹)
[日経パソコン2011年7月11日号の記事を基に再構成]