ミセス・ワタナベ、ヘッジファンドに屈す
「ミセス・ワタナベ」と欧米で称される日本人の個人短期投資家集団は、女性だけではない。筆者がセミナーで接するミセス・ワタナベはむしろ男性の方が多い。さらに外国為替証拠金(FX)取引だけでなく株式投資も手掛けている事例も目立つ。
株式のミセス・ワタナベは、今年これまでほぼ一貫して売り方に回っていた。今回、海外投資家たちが日本株買いに向かっても売りの姿勢は変わらなかった。しかし、ここにきて、ついにヘッジファンドの継続的な買い攻勢に屈し、売りポジションの買い戻しに動き始めた。
昨日、日経平均株価が前日比400円を超す上げを演じているとき、たまたまセミナーでミセス・ワタナベたちと接する機会があった。騒然とした雰囲気の中で質疑応答は海外ヘッジファンドの動向に集中。後場で大引けも近かったので、その場でスマホを取り出し、渋々手じまいの買い注文を出している人さえいた。
「ミセス・ワタナベの売り対ヘッジファンドの買い」は、どうやらヘッジファンドの勝ちのようだ。しかし、そのヘッジファンドもしたたかだ。実は利益確定売りのタイミングを虎視眈々(たんたん)と狙っている。ミセス・ワタナベの売りポジションを締め上げたうえで、急騰したところで一転売り攻勢をかける戦略が透ける。
ことほどさように百戦錬磨のヘッジファンドにとって、売りか買いか一方向に集中的に動く日本人集団は、格好の標的となりやすい。
ミクロの日本企業の業績改善というファンダメンタルズ(基礎的条件)の追い風に「期待」の段階から真っ先に乗ったのもヘッジファンドだった。対して日本人投資家は半信半疑だった。デフレが長引き、投資家マインドが極端に「守り」の方向へ傾いている。セミナーでの質問も「株価がどこまで上がるか」より「下がるとすれば、どこまで下がるか」の方が多い。
同じ日本人として歯がゆいのは、日銀の買い支えを利用してうまく売り抜け、今回の株高の果実を得ている市場参加者が日本人ではない、ということだ。日本でも長期投資、積立投資の機運は高まっているのは事実だ。コツコツ型の投資マネーの買いはボディーブローのごとく市場にはジワリと効くのだが、即効性はない。なお、長期積み立て投資が育つか否かは、初期導入段階での相場が高値圏か安値圏かにより、かなり左右される。「金」は1980年代から「定額積み立て」が大々的に始まり、筆者もその曲折を目の当たりにしてきた。
結論から言うと、投資初心者が積み立てを始めた時期が、たまたま高値圏だと、その後不可避な調整局面に遭遇したとき「やっぱり投資は怖い」とばかりに解約に走ってしまう。解約すべきか悩み眠れない日々をおくるケースも少なくない。ゆえに高値圏から始めるときは、日々の値動きがさほど気にならないくらいの少額から始めることが「マスト」と筆者は考える。入浴に例えれば、相場というホットな湯に入るときは適度の掛け湯から始めるべきだ、ということだ。1年も「かけ湯」を続ければ、徐々にリスク耐性も醸成されるものだ。それから、本格的に湯につかっても決して遅くはない。
現在の株高がトレンドとして確立するには、日本人の長期投資家の参入が不可欠だ。ヘッジファンドに勝つための最大の武器を個人投資家は持っている。それは決算期に縛られない「時間」である。ヘッジファンドは短期で結果を出せねば、損切りを迫られる。個人投資家はじっくり待てる。
日本国債の市場では、日本人が日本国債を長期保有してきたので、ヘッジファンドが空売り攻勢を試みても日本人投資家の牙城を崩せず、ついには「JGB=日本国債はウィドー(寡婦)・メーカー」とまでいわれた。
一方、日本株市場は取引の場を提供するがプレーヤーは外国人ばかりということで「ウィンブルドン現象」といわれる。日本株がヘッジファンドの間でウィドー・メーカーと呼ばれるのはいつのことか。当面は、海外投資家動向から目が離せない状況が続く。
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経ヴェリタス「逸's OK!」と日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層心理」を連載。
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