大相撲名古屋場所(7月9日初日、ドルフィンズアリーナ)で、豊昇龍(24=立浪)、大栄翔(29=追手風)、若元春(29=荒汐)の3関脇が大関とりに挑む。3人同時に昇進となれば史上初の快挙になる。日刊スポーツでは「歴代大関が語る昇進場所」と題して、大関経験者の親方に、昇進に必要な「心・技・体」を聞いた。第5回は元琴欧洲の鳴戸親方(40)。

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欧州出身初の大関となった元琴欧洲の鳴戸親方は「必死さが違ったよ」と過去の自分を思い返した。入門から11年半、1度も稽古を休んだことはない。異国の慣れない環境の中で「死に物狂いだった」と振り返る。名古屋場所での3関脇(豊昇龍、大栄翔、若元春)の大関とりについて「心技体の全部がそろわないと上がれない。3場所で安定した成績を出すために、自分と向き合うしかないんだよ」と言った。

元横綱曙と現役の平幕北青鵬と並ぶ戦後最長身204センチ。18歳で佐渡ケ嶽部屋に入門したが、大関がどんな地位すらかも分からなかった。パスポートも取り上げられ、母国ブルガリアに帰ることは許されない。「最初は生き延びることで必死。乗り越えるために出世するしかなかった」。大関とりに3度失敗した兄弟子の琴光喜を間近で見ながら、その苦労と難しさを実感した。「ワンチャンスでつかまないといけない」。そんな思いが強くなった。

05年名古屋場所12勝、秋場所13勝。2場所計25勝として九州場所で初めての大関とりに挑んだ。初日は垣添に不覚を取ってしまう。支度部屋に戻ると、ふがいない自分に怒りをぶつけるかのように「ダメだった。負けた。話したくない!」と吐き出した。重圧に押しつぶされて黒星発進も「逆に吹っ切れた」と2日目以降は持ち直した。11日目に黒海を寄り切って昇進目安の3場所33勝に到達。9日目から白鵬、朝青龍、千代大海を破り、11勝4敗で終えた。

くしくも同場所中に入門時の師匠だった先代佐渡ケ嶽親方(元横綱琴桜)が定年を迎え、兄弟子の琴ノ若が部屋を継いだ。角界入りを導いた「日本の父」の最後に花を添えたいと考える余裕はなかったが「結果的にそうなって良かったよね」。昇進伝達式で新旧師匠が同席する異例の形になったことは今も心に焼き付いている。

所要19場所での昇進は年6場所制が定着した1958年(昭33)以降では、幕下付け出しを除き史上最速だったが「誰が3年で上がれると思っていますか」と記録を狙ったわけではない。先場所よりも上にいきたい-、その一心で稽古に明け暮れた結果だった。あれから18年経ても、記録を更新する力士は出ていない。「今の子たちを見ていると、のんびりしているからね。そんな簡単に抜かれないかな」。誇らしげながらも、物足りなそうな表情を浮かべた。【平山連】

◆鳴戸勝紀(なると・かつのり)本名安藤カロヤン。1983年2月19日、ブルガリア・ベリコタロノボ市生まれ。レスリングで活躍し、18歳でアマ相撲を始める。02年8月に来日し、同年九州場所で初土俵。04年夏場所新十両、同秋場所新入幕。05年九州場所後に大関昇進し、翌06年九州場所で「琴欧州」から「琴欧洲」へ改名。14年春場所を最後に現役引退。通算537勝337敗63休。優勝1回、殊勲賞2回、敢闘賞3回。

史上初の3大関同時昇進へ 歴代大関が語る昇進場所

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